KNIGHTFALL
第2回

故郷にて(2)


202日。
ギルはジーニーの部屋にやってきた。
ジーニーの専用室は奇麗に片付いていて、生活感と言うものが感じられなかった。
ギルはぐるりと室内を見回してから、目の前のジーニーに目をやった。
ジーニーは地味な貫頭衣を着て、無表情に立っていた。胸の少し下で組み合わされている手に目をやると、昨日のひどい凍傷はきれいに治っていた。
ありえない事だったが、ギルは気にしなかった。この1年間の航海で、似たような事は何度かあった。しかしいつもジーニーは、翌日には傷が治っていたのだ。
ギルにとっては治療の手間と金の掛からない便利なクルーと言う認識で終わっていた。

普通ジーニーのような風貌の男に、じっと目を見られていては喋りづらそうなものだったが、ギルにはそれも無かった。
「頼みたい事があるんだが、いいか?」
「はい。」
ジーニーは間をおかずに返事をした。彼が返答に間を置く時は、申し出を断る時しかなかった。

ギルの頼みとは、軌道港でフード付きのマントを買ってきて欲しいと言うものだった。しかもシルクっぽい生地で、色は黒、値段は800クレジットくらいという細かい注文付きだった。
普通なら自分で行けと言うところだが、ジーニーはそんなことはなかった。素直にうなずいて、800クレジットを持って出かけていった。

ギルはここケトラでは、あまりうろつく訳には行かない。
もし行方不明の侯爵だと知れたら大変な騒ぎになる筈だし、命の危険さえあったのだ。
それにしてもフード付きマントをどうするのか?
ここに叔母であるキャラがいたら、彼の行動を予想して止めたであろうが、あいにくそんな人はおらず、この先に起こる事件は起こるべくして起こったのだった。
関係ないがギルはまだ、一般的な物品の値段というものをよく把握していなかった。彼は結構高級なコートを頼んだつもりだったが、800クレジットではたかが知れていたのだった。
ジーニーの部屋を出ると、彼はブリッジに行き、次の航海に備えての航法計算を始めた。と言っても出航していない状態では未確定の変数が多く、あくまでシミュレーションでしかなかったが。
計算が一段落すると、彼はインターフォンでアッシュに客室を掃除するように指示した。


ライフル銃の折り畳み銃床の手入れをしていたアッシュは、舌打ちをするとライフルを置いて部屋を出た。
最近はやっとこの船に愛着も出来てきて、それなりにやる気になっていたのだが、命令されるのだけはどうしてもなじめなかった。
特に「侯爵」の、命令されれば人は動いて当然と思っているような口調は勘に障った。

客室に来ると、乱暴にシーツを手繰り寄せ、ケースに放り込んでいく。奇麗だろうが汚れていようが関係ない。
ベッドの上に何も無くなると、ベッドの収納スイッチを押し、壁に収納されていくスピードが遅いのにイライラしたのかベッドを蹴り上げると、次の部屋へ向かった。
ベッドは壁に収納され、内部でマットのドライクリーニングが行われる。

一通り部屋をまわってシーツをクリーニングルームに放り込んだアッシュは、自分の部屋に戻る途中で、大きな箱を抱えたジーニーと会った。
「なんだおい?買い物か?侯爵に頼まれたんだな?」
「コートを買ってきた。」
「見せてみろ。」
無理矢理箱を空けさせる。中には光沢のある起毛素材の黒いコートが入っていた。フード付き。
ジーニーは黙って領収書を出した。Cr.780。
お釣の20クレジットも持っている。
「なに考えてるんだ、あの男は?下に降りるのか?」
ジーニーは黙っていた。
アッシュは肩をすくめて、歩き出した。


コートを受け取ったギルは軌道宇宙港に連絡し、エアラフトをチャーターしたいと持ち掛けた。
だがエアラフトは軌道上には無かった。
仕方なく次の地上行きのシャトルの時間と値段を聞いた。
往復180クレジット。12:00発。

12:00 地上へ向かうシャトルの中にフードを目深にかぶった見るからに怪しい乗客の姿があった。
彼はどうしても自分で故郷の世界を見てみたくなったのだ。留守の間の1年間になにがあったか知りたいというのもあるが、それよりも朝に食べた、3人の土産のカテラテ(現地の水棲動物の塩漬け)がホームシックを刺激したのが大きかった。

地上宇宙港に降り立つと、ギルはロビーの公衆端末に向かった。
妙に目立っているような気はしていたが、顔は見えていない筈だと変なところで安心していた。
デルケスタ家のキャラ叔母へのプライベートナンバーへコールする。
出たのは老人男性の硬い声だった。多分執事のパイパスだろう。
合い言葉を聞かれた。
「ギルぼう」
これは彼が子供の頃に叔母に呼ばれていたニックネームだった。
「これはお坊ちゃま、どうなさいました。何か問題でも生じましたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが・・・1年ぶりに帰ってこっちがどうなっているのか知りたくてね。あと・・・・・」
「あと?」
「少し資金援助を頼みたい。思ったより貿易船っていうのは儲からない様だ。」
パイパスの声が急に優しく、楽しそうに変化した。
「おぼっちゃまもお金の大切さが分かってこられたようですな。じいは嬉しいですぞ。分かりました。20万ほどでよろしいか?」
「ああ、頼む。それとこの1年間のケトラの情勢だが・・・」
「それはこの回線ではあぶのうございます。専用回線からそちらの船の方へお送りいたしましょう。パスワードはさっきと同じで。」
「分かった。ありがとう。それと・・・キャラおばさんは元気かい?」
「もちろんでございます。お坊ちゃまが爵位につかれる為の準備を日々行っておりますぞ。」
「そうか・・・ありがとう。」
「キャラ様もお坊ちゃまにはお会いしたいと思っている筈です。しかし何処に人の目があるやも知れず、なかなか機会が作れないのです。どうか心中お察しください。」
「ああ。僕もキャラ叔母には会いたいよ。じゃ、長話も危険だから。」
「はい。お気をつけて。」

ここ1年の情報は、これで手に入る。しかし彼は満足できなかった。自分の目と耳で今のケトラに触れてみたかったのだ。
端末を離れると、ギルはロビーを見回した。 隣接して「シルサル」という喫茶店がある。
よせばいいのに彼はその店に入っていった。


シルサルはカウンターがメインの小さな喫茶店だった。奥にテーブルが二つある。窓はない。その代わりに奥の壁に立体スクリーンが設置され、どこかの夏の海の映像が流れていた。
カウンターの裏に店員が一人。客はカウンターに三人ついていた。旅行者らしい二人は何やら談笑している。少し離れてスーツ姿の一人の客は、鞄を開けて何かの書類を見ていた。
ギルは奥のテーブルに座り、コーヒーとホットドッグを注文した。
ホットドッグを食べながら、二人連れの客の話に耳を傾ける。
ケトラの地上についての話だった。どうやら寄っては見たものの、観光できるところが無いとケトラの悪口を言い合っているようだった。
複雑な気分で聞いていると、二人の話がいきなり止まった。
顔を上げると、二人と目が合った。
静かな店内に、有線放送の楽しげなピアノと、スクリーンの波の音だけが目立った。
何気ないそぶりを装って視線をそらすと、今度はスーツの客と目が合った。なぜか眉を寄せてこっちを睨むように見ている。
あわてて店員の方を見ると、やはりこっちを見ていた。ここで気付いたが、彼らが見ているのはギルの顔だけではなかった。彼の手元と顔を見比べている。
手元を見下ろしてみた。一口サイズにちぎった食べかけのホットドッグが、奇麗に皿に並んでいる。
何かおかしい事をしただろうか?
口をついて言葉が出た。
「なにか?」
誰とも無く聞いてみる。客の三人は目をそらした。店員は困ったように答えた。
「いえ、申し訳ございません。何でもございません。」
「なんでもないならなんでこっちを見てたんだ?僕のホットドッグの食べ方は変か?」
「いえいえ!お好きなようにしていただければよろしいので・・・ただ・・・」
「ただ?」
「何処かでお会いしたような気がいたしまして・・・」
「・・・・・・・・」
ギルはごまかす事にした。だがそんな芸当が出来る訳も無かった。
「ああ。そんな事はないと思うよ。僕はここに来たのは初めてだし。ライニックから来たんだ。よく言われるんだ。何処かの有名人とかに似てるらしい。」
「有名人・・・」
「あ・・・ああ。名前は忘れたけど・・・ライニックの・・・。」
二人の客は何やらぼそぼそと相談していた。片方が携帯電話らしき物を取り出し、こちらをちらちら見ながらどこかに電話を掛けたのが、目の隅で見えた。
彼は立ち上がり、出口へ向かった。
「ありがとう。いくらかな?」
店員は脂汗を流しながら、震え声で答えた。
「いえ、お代など結構です。」
ギルは走り出した。


次の軌道港行きのシャトルは18時だった。まだ4時間もある。
とりあえず外へ出て宙港街の人ごみに紛れよう考える。その前にいったん振り替えると、早くもさっきの店の方に3人ほどの警備兵が走ってゆくのが見えた。
悠長に出港手続をしている暇はない。
とりあえず手近なトイレに駆け込んだ。
パニックと疑心暗鬼に陥っているギルが最初にやったのは、トイレに監視カメラが無いか探すことだった。もちろんそんな物はない。
排気ダクトを見てみる。小さなものがあったが、金属製の網がネジ止めしてあった。

しばらく逃げ場が無いかきょろきょろしていたが、ようやく決意したギルは、コートを脱ぎ捨ててトイレを出た。
タクシー会社の窓口へ向かう。
シャトルのチャーターを頼む。1人なら1200クレジット、パイロット付きなら1800クレジットだった。
ギルはパイロット免許を持っていない。急いでパイロット付きで手続きをした。
乗り場は15番発着場だと言われた。

小型シャトル発着場は地上宇宙港の脇にあるドームを中心に、円を描いて並んでいた。だが12番以降20番までの発着場は管制タワーのすぐ近くにあった。
特に疑問に感じる事もなく、近いのを喜んで15番へ向かう。
視界の隅に警備兵が彼と似たような背格好の男に、後ろから声を掛けているのが見えた。
他にも似た感じの人が2〜3人はいる。
自分が呼び止められるまでに15番にたどり着く筈だと目測は出来たものの、かってに走り出そうとする足を無理矢理普通に歩かせるのは至難の技だった。

15番発着場に入った。簡易エアロックになっていて、宇宙服用のロッカーなどがあった。
ドアを閉めて溜め息をついていると、いきなり呼びかけられて驚いた。
「お久しぶりでございます。」
見ると奇麗に折り目のついた黒いパイロット服の、初老の男が立っていた。
ギルは何かを思い出しかけていた。
15番・・・そういえば昔から軌道との行き来に使っていたシャトル発着場はこのあたりだったような・・・
しかし何処に落とし穴があるかも知れず、とにかく誤魔化しつづける事にした。
「なんのことだ?僕はあなたに覚えが無いが。」
「事情は存じております。さ、急いでシャトルの方へ。」
とにかく今は急いだ方がよさそうである。
発着場のドアを抜けると、10メートル四方くらいの小さな着陸床に出た。ちらちらと降る雪越しに、小型だが性能のよさそうなシャトルが停めてあった。
ギルはデジャヴのような感覚を味わっていた。小さい頃に来たような気がする。
促されるまま機内に入る。
初老のパイロットはテキパキと発進準備を進めている。
「ご立派になられましたな。特にこの1年で見違えるようになられた。」
「誰の事だ?さっぱり話しがつかめないぞ。」
なんだか落ち着かないギルは、必要も無いのに安全ベルトをつけようとして、バックルがはまらずに苦労していた。
「今のあなたを見ればお父上もどんなに喜ぶでしょう。」
「だから誰の父上だって?」
やっとベルトがはまった。
「私も嬉しゅうございます。もうあなたを御乗せすることはないだろうと思っておりました。」
「いいからさっさと出してくれないか?急いでるんだ。」
「発進準備は完了しました。それではどちらへ御連れすればよろしいでしょうか?」
ギルは言葉に詰まった。とりあえずGS号に戻るしかない。しかしここでその名を出していいものかどうか・・・。
だが他にいいアイデアが浮かぶ訳も無かった。
「軌道港に停泊中のゴールデン・スカラベ号に向かってくれ。4番ポートだ。」
「かしこまりました。」
「そうだ・・・その・・・できれば・・・僕がそこに行ったと気付かれないようにできないか?」
「心得ておりますとも。」
パイロットは動じた様子もなく、静かにシャトルを発進させた。
宙港の景色が眼下へ消えてゆき、見えるのは雪に曇った灰色の空だけになった。
心得ている、と言われたら返す言葉が無いが、いったい地上から軌道上の施設に向かって、察知されないということが有り得るのだろうか?
不安はつのった。
「あの・・・どうやって宙港のEMSを・・・」
「フライトプランは第2惑星セリトナへ向かうと提出しています。」
「それで?」
「軌道まで上昇したら、コース修正を行います。その時は軌道港にぎりぎりまで接近して、EMS放射後の未拡散状態を利用して、軌道港に張り付きます。」
「・・・・・・なんだって!?」
「あとはロイヤルコードで本船がセリトナへ向かったという偽データを流し、こちらは軌道港の外壁沿いにゴールデン・スカラベ号へ向かうわけです。」
「ちょっと待ってくれ。ロイヤルコードって何だ?」
「ご存知ありませんでしたか?侯爵家だけに許されている最重要コードです。御公務というものは、公になっては支障が生じるものもございますから・・・・・」
「・・・・・・・じゃぁこのシャトルは・・・・・」
「はい。そのように準備されたものでございます。宇宙港開設以来、この秘密は守られ続けているのです。」
「どうして僕が・・・・・」
「窓口に御見えになった時に、私が確認させていただきました。老いたりとはいえ、ギル様のお顔を見間違える私ではございません。」
「・・・・・・・・・・・・」
ギルは複雑な心境だった。
彼にとって爵位というものは、その内継がなくてはならないであろう、手間のかかる仕事のようなものだった。
ここに来ていきなり、彼の知らない面や重みのある歴史を、垣間見る事になったのだ。
それはまた、彼一人の意志では動かしがたいもののようにも思えた。
しかし・・・・・・


KNIGHTFALL
第2回終了

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化夢宇留仁の異常な愛情