KNIGHTFALL
第3回

故郷にて(3)


ゴールデン・スカラベ号のブリッジで、ギルが留守なのをいいことに、キャプテンシートでふんぞり返っていたウォルグは、メインウィンドウの片隅に違和感を感じ、眉間にしわを寄せた。
何かがおかしい。
目を凝らしてみる。
GS号は軌道港に接舷しているので、ウィンドウの半分はその壁面が占めている。
その近辺に常識では考えられない何かを見たような気がしたのだ。
長年宇宙を旅してきたウォルグの目は確かだった。

壁面近くにいたのは1隻の小型のシャトルだった。
宇宙港の近くをシャトルが飛んでいるのは別に不自然ではない。見たところタクシー会社が管理しているシャトルのようである。
しかしその挙動は不審としか言いようがないものだった。
そのシャトルは地表からこの軌道宇宙港に向けて飛んで来ていた。接近するにつれて、スピードを落としていた。宇宙港にドッキングするつもりであれば、当然のことである。
スピードが最低限まで落ち、軌道宇宙港と相対速度が合う。要するに宇宙港から見れば静止状態である。
通常ならシャトルはこの後方向転換を行い、ドッキングコースに乗る。
ここまでは目の隅に映っていながらも、当たり前の風景として興味を覚えなかったウォルグだったが、その後の動きが無意識の予想とあまりにも異なり、彼にとってそれは風景ではなくなったのだ。
シャトルは突然スラスターをふかしたかと思うと、軌道港の壁に向かって急加速を行ったのだ。

ウォルグは慌ててシートから身を乗り出すと、視界から消えたシャトルの進行方向を見た。
あのまま加速していれば間違いなく宇宙港に激突していた筈だが、そんな様子はなかった。シャトルは宇宙港の壁面すれすれを飛行しながら、スピードを落としつつあった。
どうやら激突寸前に逆加速をかけつつ旋回して宇宙港に張り付いたらしい。恐ろしく腕の立つパイロットが乗っているようだ。
視界の反対側に、動きがあった。それどころではないと無視しかけたが、次の瞬間にはまた視線が釘付けになっていた。
今目前にいて、宇宙港の壁面を移動しているシャトル。それとまったく同じデザイン、まったく同じナンバーをつけたシャトルが、さっきまで先のシャトルがいたあたりを通り過ぎ、軌道を離れるコースに乗ろうとしていたのだ。

宇宙での経験の長いウォルグは、ことの合点がいった。
これは明らかにすり替え工作である。
先に宇宙港に取り付いたシャトル、あれの行き先を軌道を離れるコースだと、たばかるための大芝居なのだ。 しかしそれにはあの芝居だけでは足らない。宇宙港のセンサーは騙せても、航行データや船舶識別信号は変えられない筈である。
逆に考えればそれだけ大掛かりな組織なりが動いていることになる。

ウォルグは通信機に手を伸ばした。無論怪しい動きをしているシャトルのことを、宇宙港に通報するためだ。
ほおっておいて、この船ごと宇宙港を爆破されたりしたらかなわない。
しかし彼の手はスイッチの手前で止まった。
先に宇宙港壁面を進んでいたシャトル。それがこのゴールデン・スカラベ号へ向かっているのに気付いたのだ。
考えてみればあれだけの離れ業をやっておいて、このGS号ブリッジからはカラクリが丸見えだったのも不自然である。
つまりシャトルの目的は最初からこのゴールデン・スカラベだったのだ。
シャトルから、ドッキングを要請する意味の光信号が送られてきた。
ブリッジのドアが開き、アッシュが慌てふためいて入ってきた。
「なんか外に変なシャトルがいるぞ!何事じゃ!?」
どうやら彼も専用室から見ていたらしかった。


シャトルの中では、ギルが目を回していた。
前もって聞いてはいたものの、あれほど極端な操船をされるとは夢にも思わなかったのだ。
「御気分が優れませんか?」
操縦席のパイロット、ボーナムは休日にドライブに出かけているかのような、平静そのもの、むしろ穏やかな雰囲気で、今さっき命がけの操船をしたところだとはとても思えなかった。
「いや・・・大丈夫だけど・・・」
「それはよろしゅうございました。何しろ小型の船ですので、あのような機動には重力補正装置が間に合わない場合もございますので。」
「はぁ・・・」
実際GらしいGはほとんど感じなかった。如何に高性能の重力補正装置を積んでいても、あんな機動をやっては間に合う筈がない。最初の衝撃は防ぎきれない筈である。
つまりこの船はあんな操船をちょくちょくやっていて、コンピュータにそれに備えうるデータが存在していたのだ。
「ではドッキングします。」
シャトルはゴールデン・スカラベ号の左舷下部に隠れるようにして、ドッキングした。

シャトルの簡易エアロックを開けると、もうゴールデン・スカラベのエアロックの中だった。
ドッキングしてから開放しているので、空気を充填する必要もない。
ギルはドアを開いた。
まず目に入ったのは、宇宙服を着て9mm口径のライフルををこっちに向けたアッシュだった。
ギルは慌てて両手を上げ、「僕だ僕だ!」と言ったが、アッシュのライフルは下ろされなかった。
「脅されてるんじゃないか?後ろのじじぃは何者だ?」
「タ・・・タクシーシャトルの運転手だ。」
「タクシーシャトルがあんな操船をするか!?」
「いやその・・・」
ギルはなんと説明してよいか、わからなかった。何しろ彼自身状況がちゃんとつかめていないのだ。説明しろと言う方が無茶である。
「私はガルガボック家につかえるシャトルパイロットの、ボーナムです。危害を加えるつもりはありません。どうぞ銃を御下ろしください。」
そう言って彼は両手を開いて見せた。
「ダメだ!こいつに爆弾を仕掛けたのかもしれん!」こいつというのはギルのことのようである。流石は危ない橋を渡って生きてきたアッシュ、一筋縄では行かない。
「まぁまぁ、そんな状態では話も出来ない。とりあえずはリビングに来てもらおうじゃないか。」
ウォルグの声が通路のスピーカーから流れ出た。
もし海賊やハイジャックの類だったら、アンチ・ハイジャック・プログラムを作動させ、麻酔ガスでも流す予定だったのだろう。アッシュが宇宙服を着ているのはそのためだ。
なんとも用意のいいコンビである。
ボーナムはその様子を見て、逆に満足そうに微笑んでいた。ギルの部下の予想外の有能さに対してだった。


リビングに着くと、ジーニーがお茶の用意を済ませたところだった。
ボーナムは事後処理があると言って、すでにシャトルで軌道宇宙港へ発っていた。
ソファにつき、とりあえず一息ついたギルだったが、アッシュの手にはこっちに向けられてはいないものの、まだライフルが握られていたし、ウォルグの表情も硬かった。 ジーニーには普段と変わったところは見受けられなかったが。

ギルの説明は曖昧という他なかった。自分が侯爵なのだとあらためて話すのもはばかれるし、かと言ってそれを話さないと辻褄が合わなくなってくる。
アッシュが言った。
「要するに人違いで事件に巻き込まれてるんだろ?ならこっちから出るとこに出てはっきりさせたらいいじゃないか。」
「いや・・・・その・・・」
やはり真実を話さなければどうしようもなさそうである。
何とかうやむやにしてケトラを離れるという手もないではないが、船荷の積み込みもまだ始まっておらず、それをキャンセルして出発すると言ってもこの二人が納得するわけがない。

ギルの本心の打ち明け話を聞いても、アッシュとウォルグは半信半疑だった。
確かに筋は通っているし、それなりの力のある組織でないとさっきのような離れ業は不可能である。
しかしそれでも、今まで1年いっしょに旅をしてきたギルが侯爵だなどとは信じようにも当てはめて納得できるイメージが湧かないのだ。
しかしほおって置くわけにも行かない。
「それが本当だとすれば、我々は今すぐにもここを出発した方がいいだろう。」
ウォルグが神妙な顔つきで言った。
「私が侯爵の地位を狙っている立場なら、この不確定な立場に身を置いている跡取を消す絶好の機会だと考える。」
「賛成だ。」アッシュも目を細めて賛同した。
冗談じゃない。
ギルは混乱していた。こいつらが敵の回し者じゃないのかと疑ったほどだった。
そこに外部からの通信のコールが鳴った。ウォルグが出る。
彼はフンフン頷いて、ギルの顔を見つめてから、分かったと言って通信を切った。
「なんだったんだ?」聞いたのはギルとアッシュと同時だった。
「宇宙港の貿易センターからの連絡だ。2時間後に船荷積み込み作業を開始するそうだ。」
「しかし・・・いいのか?」
アッシュは不安そうだ。彼の主義では、やばそうなところからは一刻も早く離れた方がいいと決まっているのだ。
「ここで下手に予定を変えると、それが目立って薮蛇にもなりかねん。それにここを離れるにしても、貿易業務の信用を失ってはこの先のあても無くなってしまうからな。」
ウォルグのセリフは最もだったが、彼の決断にはさっきの運転手、 ボーナムの様子も影響していた。
あの運転手の能力は信用できるし、確かにギルの安全を第1に考えていた。すぐに逃げた方がいいのなら、そう言った筈である。

少し前にリビングを出ていたジーニーが戻ってきた。
特に心配している様子ではない。当たり前のように空いたソファに座って言った。
「パワープラント、ノーマルドライブ、ジャンプドライブ、いずれも問題なし。パワーも安定してるし、すぐにでも発進できますな。」
ウォルグがいざというときに備えて、機関部のチェックを頼んでおいたのだ。ジーニーのチェックは念が入っている。即座に発進しても、最高の性能を引き出すだろう。
ジーニーにも経過を説明した。しかし彼は驚きもせず、「なるほど」と答えただけだった。元々今生きている肉体は、彼の宗教で言うところのクーダというより高い存在へシフトするための準備期間だと言い切っているジーニーのことである。現世の貴族階級などに興味を覚える筈もなかった。

アッシュがやっとライフルを机において、ため息混じりに言った。
「要するに爵位を持ってるからややこしいことになってるんだろうが。それを狙ってるという叔父かなんかにくれてやったらいいじゃないか。」
アッシュの本心だった。ようやく馴染んできて楽しさも分かってきた自由貿易に、爵位 などという余計な要素を紛れ込ましたくなかったのだ。
ようやくまともな反応が返ってきて、内心ほっとしているギルは言った。
「しかしそれではケトラは叔父の言うなりになって、自滅してしまうだろう。」
「知ったことかよ。」にべもないアッシュ。
ギルは他の二人の表情を見てみた。ウォルグはアッシュと代わり映えしない雰囲気だし、ジーニーはまったく興味が無さそうである。
彼は立ち上がり、リビングの壁に据え付けられている端末に歩み寄った。
「これからある人と連絡を取って、相談してみる。もちろん信用できる人物だ。僕の叔母なんだけど・・・」そこまで言って、ギルの動きが止まった。
アッシュのライフルがギルに向けられていたのだ。
「話が本当なら後継者争いは生易しいものじゃない筈だ。誰も信用できん。」
そう話しながら、アッシュは考えていた。このまま敵対勢力に売り渡してしまうのも手かもしれない・・・と。
「そんなことはない!キャラ叔母さんは信用できる。そもそもこの船だって叔母が用意してくれたんだ。」
「・・・どういうことだ?」
「・・・・」
こうなっては仕方がない。ギルはあらためてことの顛末を話した。


KNIGHTFALL
第3回終了


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化夢宇留仁の異常な愛情