ドンキホーテ商事の冒険
12回

捜索(2)


 ジャニアスの背後から、ドラガンのそれに負けないような雄たけびをあげながら現れたのは、身長2メートル半はありそうな、アフロヘアの怪人であった。
こげ茶色の肌に派手な装飾のついた輝く鎧を身につけ、2メートルはあろうかと言う大段平を振りかざしている。
怪人はカラビール語で叫んだ。
「ガブラに道を空けろ!」
怪獣と怪人にはさまれて、幽体離脱しかかっているジャニアスには聞こえていなかったが、マルコがその言葉に気付き、彼の腕をつかんで引き寄せた。
どうやらガブラという名らしい怪人は、さっきまでジャニアスがいたところに立ち、段平を大上段に構え、叫んだ。
「森の王者ドラガンよ!まみえてガブラは嬉しいぞ!」
ドラガンは新たに現れた獲物に、巨大な鉤爪を横殴りに喰らわせた。
ガブラはそれを段平で受け流し、そのまま流れるような動きで斬りつけた。
その切っ先は近くの木々を削り、一番前で見ていたマルコの鼻先もかすっていった。
横っ腹に段平の一撃を喰らうドラガン。しかしひるんだ様子も無くガブラに襲い掛かる。
今度はガブラが腹に鉤爪を喰らい、吹っ飛んだ。
とっさによけたマルコだったが、その背後にはまだ呆然としているジャニアスと、そのジャニアスを盾にしているアリスがいた。
怪人の巨体が猛烈な勢いでジャニアスにぶつかり、アリスも巻き込んで背後の木々にぶつかった。
「じゃまだ!」
ガブラは背後の二入にそう言うと、立ち上がった。
マルコには見えたが、今の一撃は鎧を突き破ってガブラの腹部も切り裂いたらしく、大量 の血が流れ出ていた。ちなみに血は赤かった。
その時またいくつかの雄たけびがあがった。
見るとガブラが現れた方向から、更に数名のカラビール人が段平を振りかざしながら迫っていた。
「ガブラ様!存命ですか!?」
どうやらこのガブラというカラビール人は、彼らのカーストの中では高位に位置するらしい。
ガブラは部下たちに段平を向けた。
「手出しした者は斬る!」
マルコのあごが落ちた。
言われた方も予想していたらしく、全員その場で段平を両手で持ち、胸の前で縦に構えて直立不動の姿勢をとった。
「我手出しせず!」
そんなことをしている間にも、ドラガンはガブラに襲い掛かっていた。
ガブラの剣さばきは見事としか言いようが無く、そのパワーも計り知れないものがあったが、ドラガンのパワーはそれを僅かに上回っているようで、少しずつガブラは追い詰められていった。
派手に輝いていた鎧はボロボロになり、ガブラの息もあがり始めた。
我慢できずにマルコが加勢しようと思いかけると、まるで心を読んだかのようにガブラが鋭い視線を投げかけてきた。
これでは動けない。
ガブラはあらためて大上段に構えた。
ドラガンは両手の鉤爪で彼を捉えた。捕まれた部分の鎧はねじまがり、中身もただ事じゃないのは確かだったが、ガブラは身じろぎもせず、捕まえられるに任せている。
ドラガンはそのまま彼を引き寄せ、巨大な口を開いた。
口の中には歯だか角だかよく分からない突起物がずらりと並び、よだれが糸を引いていた。
ガブラの手首が動いたと思うと、巨大な段平が一瞬で逆手に持ち返られた。
彼は気合のこもった雄たけびを上げ、今まさに彼に噛み付こうとしている巨大な口に段平を突き立てた。
マルコにはガブラの腕の筋肉が異様に盛り上がり、血管が浮かんでいるのがありありと見て取れた。
段平は深々と突き立てられ、切っ先がドラガンの腰のあたりから飛び出した。
流石の怪物も力を失い、膝をついた。
ガブラは地に足をつけ、更に腕に力をこめた。切っ先は地表の木の根にまでめり込み、とうとう怪物はその腕をガブラから放した。
マルコはホッと大きな溜息をついたが、ガブラはまだ力を抜いていなかった。
また剣を持ち変えると、剣を抜くのではなく、上に向かって振り上げたのだ。
大段平はドラガンの背中を切り裂き、 高々と掲げられた。ガブラが勝利の雄たけびを上げた。
直立して観戦していた部下たちも剣を掲げて雄たけびを上げ、足を踏み鳴らした。
なんだかよく分からないが、その気になっちゃったマルコもほとんど無意識に部下たちと同じように雄たけびをあげ、足を踏み鳴らしていた。
気絶しているジャニアスの下でそれを見ていたアリスは、この仕事を引き受けたのを心の底から後悔していた。


 ガブラ一行はジャングルの南端にあるウドラという国の使節で、今オドラへ向かっているところということだった。
少し道を戻ると彼らの荷物が置かれていた。人数の割りには大荷物で、輿まで用意している。聞けば5年に一度(カラビール人の言う1年は、帝国暦では約280日らしいと分かっている)しかない親善使節で、貢物をたくさん持ってゆくらしかった。
ジャングルの南端から北端の町へ・・・と聞くと、ちょっとした散歩のようだが、その距離は直線にして1400kmを越えるのをドンキホーテ一行は知っていた。それもジャングルを歩いてきているのである。ただ事ではない。
 ガブラの怪我は深刻なものだった。 ドンキホーテ一行には、彼がここまで自力で歩いてきたのが信じられなかった。 特に腹の傷は深く、内臓まで達していた。
カラビール人の手当ては非常に大雑把なもので、大きく破れたところは簡単に縫い、消毒用らしい何かの液体をぶっ掛けて包帯を巻いただけだった。麻酔はもちろん無い。
そのときには目を覚ましていたジャニアスも面くらい、診てやろうと思ったのだが、それを言い出す暇も無いくらいの早業だった。
あとからあれでは傷がふさがらないんじゃないかと言ってはみたが、カラビール人の医師らしき男は大丈夫だと言い、なによりガブラ本人がもう歩き出していたのでどうしようもなかった。

 またドラガンのような怪物が出てきてもたまらないので、ドンキホーテ一行はオドラでもウドラでもない違う大陸の小さな集落から来たと説明し、ガブラ一行と同行させてもらうことにした。


 右手に川が見えてきたと思ったら、いきなりジャングルから抜け出て、目の前には竹のような植物で出来た高い柵が張り巡らされた奥に、カラビール人の集落が広がっていた。
すぐ手前は出入り口になっていて、簡素な鎧を着たカラビール人の男性が2人立っていた。
彼らはすぐにこっちに気づき、腰に下げていた段平を抜き、胸の前で水平に構えて叫んだ。
「ウドラから来たガブラ・ミール・ジラ殿か!?」
ガブラが怪我など微塵も感じさせない力強い声で答える。
「ウドラから来たガブラとその兵士一行である。門を開け、ドグラに酒と食い物と女を用意しろと伝えよ。」
それにしても直接的な要求である。言葉のバリエーションが少ないから仕方ないのだが。
兵士という呼び方も、他に部下や配下という意味の言葉がないから仕方がない。 しかしいつの間にドンキホーテ一行も彼の兵士になったのだろうか?


 一行はすぐに中に通された。
まだ木々は多く、一望するわけにはいかなかったが、比較的平面に近い場所を選んでいくつもの大小様々な高床式住居が建っていた。
川の近くでは女達が洗濯しており、子供達が走り回っているのが見えた。
川の前は広場になっており、商店らしきものがいくつも並んでいた。売っているのは衣類と食料がほとんどのようだ。
歩く内、だんだん建物の密度が高くなってゆき、他を圧倒する大きな住居が見えてきた。
建物は派手に装飾されていた。王宮らしい。一行は幅広いが大して高くない階段を上がっていった。
 中は広間になっており、左右には立派な鎧や衣装を着たカラビール人男性が並んで座っていた。
奥にはひときわ立派な鎧を着た男が座っており、2人の女性が左右から大きな葉で出来たうちわをあおぎ、もう1人の女性が酒らしきものを酌していた。
彼がオドラの支配者、ドグラに違いない。
「ドグラ!ガブラが来たぞ!」
喧嘩を売っているような口調だが、その顔には笑みが浮かんでいた。より恐ろしい顔になっているような気もするが、どうやら喜んでいるらしい。
ドグラの方も負けず劣らずの恐ろしい笑顔を浮かべ、自分の飲んでいたカップをガブラに差し出した。
「存命だったか。料理は作らせている。酒を飲め!」
「兵士達にも飲ませてやってくれ」
「無論だ!」
・・・と、いうわけでそのまま宴会に突入してしまった。 女達が次々に酒や料理をもってきて、男達にふるまってゆく。
もちろんドンキホーテ一行も例外ではなかった。
カラビールの酒はそうやら芋の一種で作られているらしく、野趣あふれる味でなかなか美味かった。
打楽器と笛をメインにした楽隊も入ってきて、ドコドコピーピーとおどろおどろしい曲を奏で始めた。
建物の外でも宴が始まったようで、太鼓のような音と歌声が聞こえてきていた。
  ガブラは道中の体験談を誇らしげに話し、ドグラと大いに盛り上がっていた。
他のカラビール人達もめいめい話題は尽きないらしく、酒をがぶがぶ飲んでは歌を歌い、殴り合ったり、女にちょっかいを出したりしている。
ドンキホーテ一行にも女がついて酌してくれた。
カラビール人は軌道ステーションで勉強した以上に、男は恐ろしくでかくて凶暴で脳天気であり、女は器量 が良くて色っぽかった。
マルコはすっかり場に溶け込んでカラビール人と肩を組んでなにやらわめいているし、ジャニアスは固まったまま酒を飲んでいる。
アリスはとりあえずこの場でどうこう考えても仕方がないと腹を決め、好みの女を見つけて酌をさせて抱きついたりしていた。
しかし3人とも気になることがあった。
広間で盛り上がるカラビール人達の中で、ただ1人酒を飲まずに黙って座っていた年老いた男がいたのだ。
男の名ははっきりとは分からなかったが、地位が高いらしく、まわりにガラ様と呼ばれていた。着ている服も鎧ではなく丈の長い貫頭衣に様々な装飾を施したもので、なにか宗教的な雰囲気を感じた。
なにより気になったのは、彼がドンキホーテ一行のことを冷めきった目で観察していたことだった。老人の方を見ると必ず目が合うような気がして、逃げ出したくなった頃に、老人の方が立ち上がり、従者らしき男を連れて出ていった。
ほっとした3人だったが、どうやら彼は他のカラビール人達にとっても息の詰まる存在らしく、場は更に盛り上がったのだった。

 すっかりみんなが出来上がった頃、突然ガブラがドンキホーテ一行を指さして、ドグラに対して言った。
「あいつらは違う陸地から来た。ガブラがやつらの獲物を横取りした。ここに連れてきた。」
おいおい横取りというのはドラガンのことか?3人は引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
「違う陸地? ウラから来たのか?」
オドラが発見している別の大陸はウラと呼ばれているらしい。
「ガブラは知らない。連れてきたから分かるだろう。」
「なるほど。」
語彙が貧弱すぎて会話の意味がつかみにくいが、とにかくガブラの兵士に編入されていた訳ではなかったのは分かった。
 ドグラはまじまじと一行を見つめた。
彼の目にはガブラからは感じられない深い知性を感じた。濃い紫の瞳はこっちの考えていることまで見透かしそうで恐ろしかった。
「おまえ達のにおいはオドラと違う。他の陸地から来たのは本当だ。」
鼻もいいらしい。
「ウラから来たのか?」
「・・・・・・・・・・・」
3人は顔を見合わせた。
果たしてYESと言えばいいのか、NOと言えばいいのか・・・
アリスが意を決して答えた。
「我々はウラから来た。ガブラと同じ味方となる為に。」
ドグラはしばし黙っていたが、いきなりにやりと笑った。
「そうか。呑め!」


ドンキホーテ商事の冒険 第12回 終了

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