捜索(5)
ドグラが両手を広げ、襲いかかった。
マルコも両手を肩の高さまで上げ、構える。
彼の表情はついさっきまでとは別人だった。 なにしろ死を覚悟していた状況から、逆に最も得意なフィールドに持ち込んだのだ。
どうやらドグラも素手の格闘ではシロウト。そうともなれば、すこしくらいウェイト差があってもなんとかなる。
彼の表情は、自信と気力が充実した者のそれになっていた。
大木がぶつかり合うような音と共に、二人は組み合った。
ドグラが両腕に力を込め、マルコを引き倒そうとする。
ドグラのパワーは予想以上だった。とてもじゃないが人間技とは思えない。もちろん人間ではないのだが。
身体ごと持っていかれそうになるが、重心を移動させて体勢を立て直す。
ドグラに驚きの表情が浮かんだ。
力で圧倒的に勝っているというのに、相手の動きを制御できないのだ。柔術を知らない彼が驚くのも無理無かった。
マルコを倒すどころか、彼の重心移動につれ、逆にドグラの体勢が崩れた。
マルコは彼の左腕をつかみなおし、一瞬で身体を回転させると、一気に重心を前に。
一本背負いである。
ドグラの巨体が軽々と宙に浮き、リングロープのように張り巡らされた竹のような植物の柵の上を飛び越えた。
ドグラの落下地点には、目を丸くして固まっているジャニアスがいた。
親善試合は大盛況の内に終了したが、興奮のるつぼと化した会場はなかなか静まらず、マルコはカラビール人に胴上げまでされていた。
マルコは颯爽と現れたヒーローだった。彼を見るカラビール人男性の目には尊敬が浮かび、女性の視線は熱かった。
ドグラもマルコを絶賛し、ガブラにいたっては喜びのあまり泣き出しそうな有様だった。
もちろんドンキホーテクルーもこの時ばかりは大喜びだったが、ジャニアスだけはドグラが落ちてきたダメージで気絶したままだった。
その夜、例によって宴会の準備が整い、ドグラが開会の宣言をするために立ち上がったが、彼は開会の前に話すことがあると言った。
静まりかえる空気の中、彼はドンキホーテ一行を呼び、まずマルコの戦い振りを賞賛した。
わき上がった歓声を沈めると、さらに話を進める。
「今回の戦いで、わしはウラの技術に感服した。またマルコだけではなく、その他の者もオドラにはない技術を持っておるようだ。」
話の成り行きがつかめず、とにかく神妙な顔の一行。
「アリスと申す者は戦術に長けておる。こやつはいつも懐に短剣を隠し持ち、いざという時に備えておるのをわしは知っている。」
まわりから感嘆の声があがる。
当のアリスは大きく咳き込んでいた。まさか見られていたとは。もちろん隠し持っているのは短剣ではなく、拳銃なのだが。
「ジャニ・・・ジャニなんとかという者は、治療の術に長けておる。ドラガンと戦い、深手を負ったガブラの傷も、この通
り!」
言われてガブラが腹の傷を見せた。ほとんど完全にふさがっている。
これにも感嘆の声が挙がったが、これまた当のジャニアスは驚きのあまり吹き出していた。
そんな馬鹿な。あの傷がもうふさがっているなどあり得ない・・・。
「またクルスという昨夜到着した彼らの兵士は、話すだけで相手を殺す魔術を身につけているのだ。」
更に大きな感嘆の声が。
当のクルスも流石に驚いていた。
「え〜っ!?なんのことですか?僕知りませんよ!」
「隠さずともよい。王宮を警備していた衛兵が、いまわの際に言い残したのだ。」
「ああ・・・あの人達・・・」
他の3人は疑わしそうにクルスを見ていた。
こいつならほんとうにやりかねない・・・
「わしはこれらオドラには無い技術を持った客人を、親衛隊に隊長として任官させようと思う。マルコは兵士達にさっきの技を教えてやれ。これで我がオドラはますます栄えることになるだろう!」
会場は再び喝采に包まれた。
マルコは思わず笑顔でうなずいていた。 それを見た他の3人は真っ青な顔で、今にも倒れそうである。
その時乾いた声がつぶやくように放たれた。それは音量は小さかったのに、まわりの歓声にかき消されることなく、その場にいた全員の耳に届いていた。
「お待ちください。」
その声の主は、またも隅の方で黙って座っていたガラ司祭であった。
「シガラ・ドム・ガラ。なにか進言か?」
司祭シガラ・ドム・ガラはゆるりと立ち上がった。
「はい。この者たちは確かにここには無い技術を持ち合わせております。しかしそれはカンドラ様の教えに背くことであり、異教徒の所業に違いないのです。」
会場は完全に静まりかえっていた。
「教えに背くとな?」
「カンドラ様の教えは絶対でございます。彼らの技術は邪教を伝えんがためのもの。お気づきください。」
「なにを言う。客人の技術はどれも役に立つではないか。邪教の教えなどではあるまい。」
「我らはカンドラ様の子供。カンドラ様は必要なことは全て、我が子にお伝えくださいます。カンドラ様がお伝えくださらないものは知るべきではない邪教の教えなのです。」
「しかし・・・」
「火薬の術をさずけてくださったのもカンドラ様なのをお忘れなきよう・・・」
「むむ・・・」
ドグラが口をつぐんだ。
司祭は王につぐくらいの位かと考えていたが、どうやら同等かそれ以上の権威をもっているらしい。
非常にまずい展開である。
アリスはすでに逃げ道を確認しようとしていたが、ドグラの声がその思考をさえぎった。
「オドラの王はわしだ!シガラ・ドム・ガラは王の命に背くというのか!」
「私はカンドラ様の・・・」
「だまれ!これ以上無礼な口をきけば、ガラとは言え容赦せんぞ。」
「・・・・・・」
流石の司祭も勢いに押されて黙ったが、すぐにきびすを返し、外へ向かって歩き出した。従者もあとに続く。
出口まで来て振り返った司祭は、再びドグラに向き直った。
「これは長老会議に報告することになるでしょう。また王子が我らの庇護下にあることもお忘れなきよう・・・」
それだけ言うと、最後にドンキホーテ一行に殺気のこもった視線を投げつけ、外に出ていった。
「調子にのりおって・・・客人には失礼した。」
「いや・・・その・・・・」
「今の騒ぎは忘れろ。任官はなんとかする。」
「あ・・・ああ。しかし・・・」
そこまでマルコがしゃべったが、続きをアリスが引き取った。
「しかし教会ともめるのは今後の政にも関わります。我らの任官はそちらが落ち着いてからの方がよろしいでしょう。」
「うむ・・・そうか。そうだな。流石は戦術に長けたアリスよ。」
「いやその・・・」
そうして宴会はもう一つ盛り上がらない・・・わけもなく、大いに盛り上がり、明け方まで続いたのだった。
二日酔いで死にかかっていた一行だが、なんとか昼過ぎには行動を開始した。
「しかし昨日は大変な目にあったな。マルコが剣を捨てたときには気が狂ったかと思ったぞ。」
そう言うアリスに、マルコはさっぱりした顔で答える。
「狂ってたんだと思う・・・。」
「・・・それはそうと、その発明家の家というのはこの辺じゃないのか?」
ここはマルコが発明家に望遠鏡を見せてもらった場所である。
近くにはゴミ捨て場があり、一昨日にもいた老人がゴミを漁っていた。
「ああ、多分この辺だと思うんだが、はっきりとは分からないんだ。」
「まあそんなに建物があるわけじゃなし、すぐに見つかるだろう。」
「お茶の一杯でもごちそうしてもらえるかのう・・・」
「無理なんじゃないか?」
ジャニアスの台詞に、冷たいアリスの返答。
そんなことをしていると、当の発明家が大きな石の板を抱えてよろよろと歩いてくるのに出くわした。
さっそく話しかけてみる。
発明家カグラ・モロチョ・セントは一行を歓迎し、家に招待してくれた。
家は他のカラビール人の建物に比べるとくたびれているように見えたが、充分な広さがあった。
彼の妻ロマ・モロチョは美しい女性で、彼女も暖かく迎えてくれた。
彼が抱えてきた石はなにに使うのかと訪ねると、カグラはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「同様文字写生機に使う。重ければ重いだけしっかりと字が写生できる。」
そう言って案内してくれた部屋は、まさに発明室という内容で、あたりに細々とした発明品やその材料などが置かれていた。部屋の中央には同様文字写 生機・・・つまり印刷機が鎮座していた。
彼は石を天井からつり下げられた重りの一番上に設置した。
ぶら下がっている重りにつながったロープは、天井で滑車を通し、床の上の手回し車に繋がっていた。
ちなみに回転を利用した技術もここでは初めて見た。そう言えば車輪も見たことがない。
彼が手回し車を回すと、ゆっくりと重りが上がり、 すこし浮き上がった状態で固定された。
「試し写生を見てもらう。」
そう言って棚から紙にしか見えない薄い板をとりだした。紙だとすると、これもカラビールでは初めて見る。
「それは・・・木の葉か?」
「ああこれ。これはペパの木の皮を細かく砕いて水につけてまとめたもの。ペパーと呼んでいる。」
紙である。
「それはあなたが思いついたのか?」
「小さい頃教会の学校で、これに似たものを見た。便利なので自分で作ってみた。」
教会・・・つまりカンドラ教会である。昨日の司祭の口振りもそれを匂わせたが、どうやら教会は宗教だけではなく、技術面 でもオドラを支配し、コントロールしているらしい。
「墨は普通の墨だが、ゴマの木の樹液を混ぜてねばねばにしている。この方が写生した後も水で流れにくくなる。」
耐水性インクといったところか。
彼は紙を印刷機に設置すると、インクを四方から充填した。
「写生元はカンドラの教えを並べた。」
「並べた?」
アリスの問いに、彼は何も言わずに印刷機の中から小さな判子のような部品をとりだした。
それにはどうやらカラビール文字のようなものが浮き彫りになっていた。
「文字全部をいくつも用意して、並べ替えるだけで違うものも写生できるようにした。これ彫るの苦労した。」
そう言って笑う。
原始的だが、確かに印刷機である。
彼が固定を外し、手回し車を戻すと、重りが元の位置に下がった。
すぐにまた重りを上げ、紙を取り出す。
それは所々濃さもまちまちだし、紙の精度が悪いせいでかすれている部分もあったが、ちゃんと文字として認識できた。
「これ使えば誰でも勉強できる。女でも。」
「女?」
「そう。あなた達外から来たんだな。あなた達の国は違うのか?ここでは女は勉強できない。勉強するのは男だけ。男も子供の頃に教会の学校で勉強するだけ。」
「なるほど。」
「これ使えば誰でもいつでも勉強できる。武勇伝もわざわざ歌にしなくても残せる。」
「なるほど。便利なものだ。しかし女が勉強してどうする?」
これはアリスのカマかけである。カグラがどの程度の思想の持ち主かを確認したかったのだ。
「男も女も大して変わらない。女だけ地位が無いのはおかしい。男より強い女だっている。うちの妻は私より強い。」
「馬鹿。」
照れ笑いをしながら答えたのは彼の妻である。
「私の夢、男も女も同じ機会が与えられ、同じ地位を得る。みな戦うのではなく、誰もが自分に合った仕事が出来る世界。」
そう言うカグラの眼は輝いていた。
「なるほど。おまえの考えには感服した。しかしおまえの考えをよく思わない者もいるだろう。」
カグラの顔が曇った。
「前に教会に処刑されそうになった。ドグラ王がかばってくれたが。」
「そうか・・・」
お茶めいた飲み物をごちそうになり(ジャニアス大喜び)、いとまを告げたところで、カグラの家の隣の小さな小屋に、さっきゴミ捨て場にいた老人が、ゴミを小脇に抱えて入って行くのが見えた。
「あの老人は・・・」
カグラが答える。
「ああ、少しぼけてる老人。うちの物置を貸してる。」
「なに。いつから?」
「1年と3月ほど前・・・」
1年と3月。ここカラビールでは衛星ジンニーの食が月の切れ目になっている。食が7回で1年。食の間隔は約40日だから、だいたい400日ほど前ということになる。
つまり帝国年で1年と約30日・・・
セルジオネスがカラビールに調査に向かった頃と符合する。
「名前は?」
「パロブ」
セルジオネスは、フルネームをパブロ・オート・セルジオネスという。
カグラに別れを告げ、老人の小屋にやってきた。カラビールには珍しく、ドアのようなものがついている。
ノックをするが、返事がない。
開けようとしたが、ドアには鍵がかかっているらしかった。
アリスが咳払いをして、ギャラングリック(銀河公用語)で言った。
「セルジオネスさん。迎えに来ました。ドアを開けてください。」
しばらくはなんの音もしなかったが、やがてドアが開いた。
「入れ。」
そこは雑然とした部屋で、様々なカラビールの物がひしめいていたが、試しに毛皮のシートのようなものをのけてみると、小型のパソコンが隠されていた。
「カラビールから立ち去れ。メッセージを渡したはずだ。」
そう言うセルジオネスは、見事な変装でカラビール人になりきっていた。ドンキホーテ一行よりそれらしいのは1年以上の年月によるものだろう。
「そうはいかん。こっちはあんたを連れて帰るのが仕事なんだ。」
アリスは一歩も引かない。それはそうであろう。この老人さえ確保すれば、こんな野蛮な世界からおさらばできるのだ。
「おまえ達の仕事など知ったことではない。わしの研究は日々成果をあげているのだ。ここには今まで帝国が接触したあらゆる文明とも異なるのだ。これがどういうことか分かるか?」
「わからんね。あんたはただのルール違反のだだっ子だ。義務の連絡もせず、期限が過ぎた今でもいるべきではないところに居座り続けている。」
他の3人がなだめようとするが、いたくないところに居続けさせられたアリスの怒りは収まらなかった。
「なにも分からんくせに偉そうなことを。わしの研究はそんな些細なことなど問題にならないほど重要だと言っているのだ!」
「この分からず屋のボケ老人め!」
「なんだと!?」
お互い今にもつかみかかりそうな剣幕である。
なんとかマルコがアリスを押さえ、ジャニアスがセルジオネスを押さえた。
クルスはパソコンを触っていた・・・。
「はなせ!はなさんか無礼者!」
「まあまあ落ち着くのじゃ。おぬしの研究が大事なのは分かったが、待ってる奥さんの身にもなってみい。」
「なに?」
ジャニアスの台詞に、老人の顔がこわばった。
「どういうことだ?シーナがどうかしたのか?」
「どうもこうもあんたを心配しとる。心配のあまり我々を雇ったのじゃ。」
「なにっ!?おまえ達は偵察局員じゃないのか!?」
アリスが引き継ぐ。
「我々はシーナさんに雇われたんだ。彼女は偵察局に直訴して、少人数の捜索隊を入星させる許可をとった。ちなみにその費用も全部彼女もちだ!」
「なんだと!?そんな金をどうやって!?」
アリスはにやりと笑って、つぶやいた。
「・・・家を売ったそうだ。今頃路頭に迷ってるんじゃないか?」
セルジオネスになんとか帰ることを承諾させ、軌道上のステーションに通信。
今夜カラビール人達が寝静まった頃に回収してもらうことになった。
この野蛮で血に飢えたカラビールから離れられるとなると、自然に気分も浮き立ってくる。
アリスなど無意識に鼻歌モードである。
マルコも嬉しかったが、なぜか少し寂しさも感じていた。野蛮だが分かりやすいカラビール文化はマルコの肌に合っていたのだろう。
意気揚々と帰る準備をしていた一行。
だいたい準備を終えたマルコがアリスの部屋に来ると、アリスは小型受信機を耳に、眉を寄せて神妙な表情をしていた。
「どうした?やっと帰れるっていうのに深刻そうな顔だな。」
アリスは「しっ」と言って人差し指を立てた。
しばらく待つ。
やがてアリスは受信機を外し、しまい込んだ。
「やばい。」
「どうしたんだ?それって王宮にしかけた盗聴器だよな。」
「そうだ。今朝の録音を聞いてたんだが、ドグラと司祭の会話が聞こえた。」
「俺たちのことがばれたのか!?」
マルコも顔面蒼白になる。
「違うが似たようなものだ。俺たちは司祭の部下に尾行されていたらしい。カグラが邪教の布教者だという確信を得たと言っていた。」
「なんだと?どうして?」
「俺たちと共謀して王家を転覆させ、女が支配する世界を作ろうとしているという報告が入ったらしい。」
「あの会話を聞かれたのか。」
「多分・・・」
「どうする・・・」
アリスはきっかり5秒考えた。
「ドグラは否定していたが、もはやこっちに手が回るのも時間の問題だろう。みんなを集めるんだ。すぐに脱出する!」
4人が集まった。
「ジャニアスとクルスはステーションに連絡して着陸地点に向かってくれ。私とマルコはセルジオネスを連れてくる。」
「分かったが、ステーションの連中は日があるうちに降りてくるのを承諾するかのう?」
「どうせ今からだったら着くのは日が暮れる頃だ!とにかく急がせろ!」
セルジオネスの小屋へ向かう。
途中遠目に教会の貫頭衣を来た兵士達とシガラの姿が見え、とっさに身を隠した。
明るければカラビール人も人類も視力は大して変わらない。どうやら見つからずにやりすごせたようだった。
高鳴る心臓を押さえて、村はずれのゴミ捨て場へ。
小屋には誰もいなかった。 ドアは開きっぱなしで、中は荒らされていたが、高テクノロジーの形跡は全て消えていた。
「捕まったのか?」
「いや、荷物が全部無くなってるということは、脱出した可能性が高い。」
「しかし荒らされてるぞ。」
マルコの不安は最高潮に達していた。
「うむ・・・」
アリスの顔色も冴えない。
「発明家は?」
マルコがかけだした。
発明家の家も荒らされているようだった。そこら中に刀傷がつけられている。
印刷機のある部屋に来て、マルコは凍り付いた。
足元にはカグラの妻が倒れていたが、その首は離れたところに転がっていた。
カグラ本人は自慢の印刷機の重りに頭をつぶされていた。
怒りに震えるマルコの肩に、追ってきたアリスが手を置いて言った。
「タイミングが悪かったんだ。おまえのせいじゃない。」
「俺が余計なことをしなければ死ななくてもすんだのに。奥さんまで・・・。」
「おまえのせいじゃない。あの司祭は異常だ。カグラの思想はここでは先進的すぎた。いずれはこうなる運命だったんだ。それよりセルジオネスを探すんだ。もう俺たちも捕まったらただではすまんぞ。」
部屋を出るとき、マルコは一度だけ振り返り、目を閉じた。
流石のアリスもこたえていたが、なにより自分の命の方が大切である。彼の頭はフル回転して、セルジオネスの行きそうな場所を考えていた。
しかし昨日少し話しただけだし、頭も半分パニック状態で、思いつかない。
「むう・・あのじじい・・・どこに行きやがった?」
「行き先は分かっている。彼の居場所はこの村の中にはない。」
いつになく冷静なマルコの台詞に、アリスの頭の上にも電球が灯った。
「そうか。じじいもエアラフトの着陸点に向かったんだ!そうと決まれば俺たちも急ぐぞ!」
二人が村を出たところで、いきなりガブラと出くわした。
「おお、客人。どうした?忙しそうだな。」
「ああ・・・いや、別にそんな事はないのだが・・・」
「そうか。ならわしと手合わせしてくれ。やはり衛兵長くらいでは物足りん。今もまたドラガンでも出てこないかとうろついておったのだ。」
この緊急事態にガブラとつきあっている暇はない。アリスがどうやって追い払おうかと考えを巡らせはじめたが、その前にマルコが足を踏み出した。
「そうだな。だがここでは狭すぎてぞんぶんに剣が振るえない。もっと広いところに行こう。」
「そうか!嬉しいぞ。では鍛錬場に行くか!」
ガブラが嬉しそうに村に向かった瞬間、マルコが剣を抜きざまガブラの背中に突き立てた。
ガブラは自分の胸から突きだした切っ先を見たのち、マルコを振り返った。ガブラの力で振り回されそうになり、マルコは剣を手放した。
「これは・・・」
「すまん。」
「流石だな。そういう手が・・・」
そこまで言ってガブラは倒れた。
「お、おいマルコ、よかったのか?」
「今更遊んでいる暇はない。こいつも単なる血に飢えた怪物だ。」
「そうか・・・。」
マルコはカラビールを気に入っていた。それだけに裏切られたような感情を覚えているのかもしれなかった。
それにしてもガブラは関係ない気もするのだが・・・。
そうして先を急ぐ二人であった。
なんとか緊急事態だということを納得させ、エアラフトを出させたジャニアスとクルスも、着陸地点に急いでいた。
今にも背後から教会のカラビール兵が飛び出してきそうな気がして、不安で仕方がない。
その時前方にちらりと人影が見えた。
それが誰かを確認して青くなった二人は、とっさに茂みに隠れた。
向こうは司祭をはじめとする教会の兵士達だったのだ。
一行がいないのに気づき、クルスが合流したときにこっちになにかあると悟られたのであろう。これでは進むに進めない。かと言って放っておけば、彼らがエアラフトと接触してしまう。
「うう・・・どうしたものかのう。」
「ちょっと後退してエアラフトもそっちに来てもらいましょう。」
クルスの意見ももっともだが、果たしてただでさえ目撃される可能性の高い日中に、村の近くに降りてきてくれるだろうか?
「とにかくやってみるしかないのう・・・。」
と言うわけで、二人はおずおずと後退を始めた。
しばらく進んで通信機を開き、エアラフトに交信する。
予想通りパイロットのトーマスは難色を示した。それなら回収を明日にしてはどうかなどと呑気なことを言う。
なんとか今がせっぱつまった状況なのだと説明するが、発明家達がどうなったかを知らないジャニアスの説明では説得力に欠けた。
もめている最中に、すぐ脇の茂みががさがさと動いた。
ドラガンのことを思い出し、「きゃっ」と女の子のような悲鳴をあげて飛びすさるジャニアス。
はたして顔を出したのはセルジオネスであった。
「こんなところでなにをしておる?しかもそんな大声を出しおって、カラビール兵に気付かれたらどうする?」
「セルジオネスさんこそなにしてるんですか?そっちは道じゃないですよ!?」
クルスの返答に、セルジオネスは馬鹿にしきった顔でこたえた。
「わざわざ追っ手に見つかるような真似はせんよ。わしがここに何日いたと思っとるのじゃ。それを貸せ。わしが説得してやろう。」
自信満々のセルジオネスが通信機を奪い取り、話し出した。
しかし彼もオドラ教会兵の練度の高さを測り間違えていた。主に諜報活動のような任務を主とする教会兵は、オドラの正規兵とは比べ物にならないほど隠密行動に長けていたのだ。
やがてアリスとマルコも到着したが、まだ説得は成功していなかった。
アリスが通信機をひったくる。
「仲間と思われたカラビール人夫婦は衛兵に惨殺された!我々も時間の問題なんだ!」
更にもめるが、トーマスもそう簡単には納得してくれない。
「今は捕まる危険もなさそうじゃないですか。せめて日が暮れるまで待ってくださいよ。」
「わからんぞ!今にも捕まるかもしれんのだ!」
そう言って着陸地点の方向を振り返ったアリスは、そのままの体勢で凍り付いた。
「どうした?なにかあったのか?もしもし!?」
トーマスの声だけが空しく響いていた。
そこには教会の兵士達を従えたシガラが立っていたのだ。
「それはウラの言葉か?それとも邪教の経文か?その声は誰だ?」
もはやどうしようもない。
ジャニアスが通信機に向かって叫んだ。
「今見つかった。このまま捕まったら拷問されて帝国のこともなにもかもしゃべってやる。うう!」
「そんな!」
アリスが通信機のスイッチを切った。
「ジャニアスよく言った。あとは運を天に任せるのみだ。」
そう言いながら懐から拳銃を取り出す。
マルコはすでにクルスから取り上げた剣を構えていた。
クルスは取り戻したメモ帳に、いそがしく今の状況を記録していた。
「なにやら怪しげなものを出してきたな。それこそ邪教の呪物に違いない。どうやら審問にかける必要もなさそうだな。」
満足そうに笑うシガラ。しかし次の瞬間、彼をはじめとしたカラビール人達がいっせいになにかに気付いた。
村の方角に注目している。
やがてドンキホーテ一行にも聞こえてきたのは、複数の鎧を着た者たちの足音だった。
現れたのはドグラ率いるオドラ兵達だった。
「シガラ・ドム・ガラ。おまえに処刑を行う権限は無い。剣を収めよ。」
「全ての権限はカンドラ様に与えられる。カンドラ様の司祭である私のやることを止めるのは、王にも許されておらん。」
「なにを馬鹿なことを。」
日が陰り始めた。
ただでさえ薄暗いジャングルは、わずかに赤く染まったかと思うと、すぐに闇に包まれていった。
「もはや余地はない。昨日のことも含めて長老会議に報告する。オドラには新しい王が必要なのだ。」
ドグラの顔が険しくなり、遠目にも剣を握る腕に力が入ったのが分かった。
「なにを考えておる?王子を教会が預かっているのを忘れたのか?」
更に険しくなるドグラの顔。どうやら息子が人質になっているらしい。
その時木々の上から姿を現したのは、エアラフトだった。
いきなりライトを照射する。闇夜に慣れたカラビール人の目には強烈だったらしく、みなうろたえて顔を覆った。
「みなさん!一瞬だけ着陸します!ドアは開いてますから飛び乗ってすぐ閉めてください!」
トーマスの声が響き、エララフとは降下を始めた。
なんとかそれを見上げたシガラが金切り声を上げている。
「これぞ邪教の魔術だ!異教徒どもを殺せ!処刑するのだ!」
そう叫ぶ彼の目の前にカラビール人が立ちふさがった。
「なにをしている!はやくやつらを処刑しろ!王も処刑だ!やつも邪教の魔術の虜になっておる!」
「邪教は教会かもしれんと今気付いた。」
「なに!?」
なんとか目の前の男が誰か確認したシガラは、薄笑いを浮かべた。
「ドグラ王・・・それはあなたが邪教の虜となっている証・・・」
「そうかもしれん。」
剣を振り上げるドグラ。
「待て。王子が教会に・・・」
「息子を殺せば、オドラ兵を率いて教会を滅ぼすまで。」
「そんなこと」
ドグラが剣を振り下ろした。剣は地面に突き刺さった。
「が出来るわけが・・・」
そこまで言ったシガラの身体は左右に真っ二つに別れ、それぞれが反対側に倒れた。
エアラフトが着陸した。
乗り込む一行にドグラが手を振った。
「また来るがいい。客人。」
引きつった笑顔で手を振るドンキホーテ一行。
いったい誰がこんなところにまた来たがると言うのだ?
「全員乗りましたね!行きますよ!」
エアラフトが上昇を始めた。
ドグラは教会の兵士に襲いかかっていたが、すぐにそれも茂みに隠れて見えなくなった。
軌道上のステーションは重苦しい空気に包まれていた。
小さいところでは、王宮の下の盗聴器の放置。高テクノロジーで作られた軽量合金製の
ブロードソードも放置(ガブラに突き刺さったままだったのだ)。
通信機使用中の現場も目撃された。
大きいところでは内政への干渉。
王は司祭を斬り倒し、オドラ政府は混乱状態。下手したら内戦が勃発するだろう。
しまいにはエアラフトで強行突入。
「それはあなたがやったんじゃないですか。」
すかさず突っ込むアリスだが、トーマスの表情は更に哀しいものになった。
「あれは脅迫です。あんなことを言われたら行かざるをえないじゃないですか。これで僕のキャリアもお終いだ・・・それどころか帝国最高裁に掛けられて、処刑されるかも。」後半はほとんど泣き声になっていた。
「まあそう気を落とすでない。まだ未完成ではあるが、わしの研究が発表されれば帝国中で話題になり、金と権威が転がり込んでくるのは間違いない。その時には命の恩人であるあんたをほっときゃせんよ。」
なんだか調子のいいセルジオネスだが、彼の研究がそんな大したものだとは到底思えなかった。
なにしろあのカラビールの研究なのだ。
ステーションの通信機についていたジョニーが振り返った。
「偵察局の船は3日後に来るそうです。判断はその船に任すことになるでしょう。」
プロテが応える。
「ややこしい艦長じゃないといいんだが。船名と艦長は?」
「え〜と、アザンティ・ハイ・ライトニング級巡洋艦ヤマト。艦長はオキタというらしい。」
それを聞いたドンキホーテ一行は、あまりの衝撃に泣き顔とも笑顔ともとれない異様な顔になっていた。
ドンキホーテ商事の冒険 第15回 終了