ドンキホーテ商事の誕生
よくよく見てみると,そのA2型自由貿易船はずいぶんくたびれていた。
一応塗装は塗りなおしてあるようだが、それだけでは隠せない傷や凹みが各所にあった。
スラスターには煤のようなものが付着していた。これはスラスターの推力転換率が低下していることを意味している。
船体左右にある砲塔部分はカバーがつけられ、封印されていた。どうやら武装は取り外されているようだ。
一通り外観を見た後、アリスがそそくさとタラップを上っていった。
あとの3人もそれに続く。
アイリスバルブはロックが掛かっておらず、ボタン一つで開いた。ただし各ウィングが収納される時に震えるような妙な音を立てた。
どうやらアイリスバルブも長い年月の使用のため、少々歪みが生じているようだった。
気を取り直して中へ進む。
船内は掃除はされているものの、外観に比べて過ぎ去った年月の経過を感じさせるものがあった。
壁の落書きを消したらしい跡さえ残っている。
浮かれきっていた4人だったが、その表情もだんだん平常時のものに戻ってきた。
「結構使い込んでるようだな・・・・」
アリスのつぶやきに、他の3人は無言でうなずいていた。
4人は船内を回り、船倉にたどり着いた。
容積61排水素トン(823.5kl)のそれはがらんとしており、あるのは隅の方にコンテナケースが少し・・・それと長方形の箱が一つ。
ジュラルミンのような金属で作られているそれは、 約2メートルの長さで、幅が70cmほど。厚みは1メートルくらい。
丁度棺くらいの大きさである。
長い年月を経た宇宙船の船倉に置かれた、ただ一つの荷物・・・・・
4人は少々気味が悪かった。
箱にはこれまた棺のような蓋がされており、開けるためには留め金を外さなければならないようだった。
マルコがおそるおそる近寄って、留め金を外した。 一旦他の3人を振り返る。
他の3人は、さっさと蓋を開けろと目で言っていた。
マルコはつばを飲み込み、蓋に手をかけた。
意を決して一気に開けた。
中には断衝材に包まれる形で、金色の人型の物が横たわっていた。
一瞬人の死体かと思って後ずさりしたマルコだったが、その人型がロボットだと気付き、再び覗き込んだ。あとの3人も近寄ってきた。
小さく電子音が鳴った。
それが何か気付く前に、いきなりロボットが上体を起こした。
4人は悲鳴をあげて後ずさった。
ロボットは頭を4人の方に向けると、どこか機械的な男性の声でしゃべった。
「私は、ナアシルカ製、ラシュシュ-モデル1です。
」
「私は、ナアシルカ製、ラシュシュ-モデル1です。 」
4人は顔を見合すばかりである。
「送り主からのメッセージを再生します。」
そう言ったかと思うと、次にはさっき別れたばかりのセルジェイの声が流れ出した。
「色々ありがとう。今回のことでは感謝している。さっきおやじに問い合わせたら、あなたたちへの報酬に小型の宇宙船を用意していると言うことだった。でもそれはあくまでおやじが君たちへ用意したものだ。カリンのことでも世話になったし、それでは僕の気がすまない。
」
「そこで、僕からも君たちへの感謝の気持ちとして、このロボットを送る。これは古いロボットだが、性能は申し分ない。各種一般的プログラムに加えて、操船に関するプログラムも一通りインストールしてあるから、これから自由貿易商人として旅立つつもりなら、きっと役に立つと思う。」
「それでは、今後の活躍を期待しているよ。」
・・・・・・・・・・・・・
「メッセージ再生終了しました。」
4人は顔を見合わせていたが、その顔がだんだん笑顔に変わっていった。
「これは思わぬサービスじゃないか。さすがは大物の息子、度量が広いねぇ」
とか言いながら、さっそくロボットを触りだすアリス。他の3人もめいめいロボットを眺め回している。
「命令を聞くのかな?」
マルコの問いに、アリスがにやりと笑って答える。
「そりゃあそうだろう。ロボットと言うものはそういうものだ。よし。見てろよ。」
アリスはロボットに向き直り、咳払いを一つすると、言った。
「ロボット、立ち上がれ。」
ロボットは立ち上がらなかった。
その代わり首をアリスのほうに向けて、言った。
「オーナー登録を行いますか?」
アリスは情けない顔になった。
・・・・・・・・・・・・・・
質問に答える形で、4人ともオーナー登録を終了した。
今度こそと、意気込んで、再びアリスが言った。
「ロボット、立ち上がれ。」
ロボットは再びアリスの方を向き、言った。
「ラシュシュ-モデル1の個体に対するコールネームを決定してください。」
アリスはもっと情けない顔になった。
「名前がまだ無かったか・・・・」
「これは慎重に決めないとな。」とマルコ。
「わしがつけてやろうか?」とジャニアス。
「ぼ・・・僕が考えましょう!」どうやらこれは自分の得意分野だと思ったらしいクルスは張り切っている。
「えーい、やかましい!名前くらい自分で決められんのか!?」
「そんな無茶な・・・・」とアリスにつぶやくマルコだったが、ロボットは言った。
「候補を挙げていただければ決定します。」
4人はてんでに好き勝手に名前候補を叫びだした。
しばらく言いたいだけ言うと、アリスが全員を制した。
「このくらいでいいだろう。あとはこいつに決定させよう。おい、今まで出た中で、どれが気に入った?」
ロボットは少し間を置いて、答えた。
「現在個体コールネーム候補が129個挙がっています。感情表現プログラムによる嗜好エミュレーションを行い、選定作業を開始します。」
4人はドキドキしながら結果を待った。
・・・・・・・・・・・・・
5分もたっただろうか、アリスがイライラし始めた。
「おいおい、いつまで掛かってるんだ?そのくらい適当に好きなのを決めたらいいじゃないか。」
「現在選定作業中です。結果算出まで約83時間50分後です。」
4人は凍りついた。
アリスが慌てて言う。
「ちょっと待て!なんでそんなに時間が掛かるんだ!?おまえ性能いいんだろ!?」
「作業一時停止。嗜好エミュレーションは不確定要素が多く、シナプシス回路をフル活用しています。性能については、比較要素の選定作業が必要になります。その作業終了までは・・・」
「わかった!ちょっと待て!名前の候補を少なくしたらもっと早くできるか?」
また少し間があった。
「候補を一つ削除すれば、約40分の時間を短縮可能です。」
「・・・・と言うことは・・・ええと・・・いや、じゃあ候補を5つにまで絞ったらどうだ?」
「約3時間15分で決定できます。」
「よし。それでいこう。」
と言うわけで、結局4人で候補を5つまで絞り込むことになり、その候補から、ロボットは算出作業を開始した。
4人はラウンジで今後の身の振り方を相談することにした。
とにかくこれで宇宙船は手に入った。
今後どうするのか?
それぞれの道を歩むのだとすれば、宇宙船は資産という扱いになる。売るか、人に貸すかなどいろいろ使い方は考えられる。
実はアリスの心中はすでに決まっていた。
この船で自由貿易を行いつつ、故郷に帰り、妻と子供たちに会うのだ。それ以外考えられない。
マルコも自由貿易という自由で行動範囲の広い立場は、歓迎こそすれ、困るものではなかった。
そうやって経験をつみ、更に肉体を鍛えつつ、アナガシックスを手に入れる金を稼ぐのも悪くない。
ジャニアスは何も考えていなかった。
とにかく故郷からの追っ手に見つからなければいいわけで、自由貿易は都合がいい。
なんとなく流れに乗っていけばいいような気がしていた。
クルスは相変わらず不安だった。
自由貿易船のクルーに自分がなるなんて考えたことも無かったし、そんなことができるとも思えなかった。
しかしまた、ここで一行と別れてしまったら、その後のことを自分で決められる自信も無かった。
会社の後ろ盾も無しで、名前も売れていないこんな辺境で、フリーライターとして生きてゆく・・・そんなことは彼の脳裏に浮かびもしなかったのだ。
誰から言い出したというわけではなかったが、なんとなく話しているうちに、みんながこの船で自分の人生を切り開いていきたいと思っているのが、お互い確認できた。
そうと決まるとアリスが張り切りだした。
携帯用コンピュータを引っ張り出すと、さっそく経営についてなにやら考えはじめた。
「自由貿易とは言え、収支や各自の資産ははっきりしておかんとな。だとするとやはり会社の体裁を利用するのがいいだろう。いや、いっそのこと会社を作ったほうが問題は少なくてすむ。会社の名前を決めにゃあなるまい。それとこの船の名前も。会社と船と同じ名前で問題は無さそうだが。それと各自出資額をはっきりしないといけないな。これは全員が同額出すのが望ましい。今現在は全員会社のオーナーというわけだ。」
めまぐるしく話しを進めてゆくアリスに、他の3人は頷くしかなかった。
なにしろアリス以外は経営なんてさっぱり分からないし、ジャニアスに至っては経済観念自体が希薄だった。
創立費用は紆余曲折の挙句、81000クレジットということになった。各自が20250クレジットを出資する。
この半端な数字は、足らない人が持っている人に借りて、なんとか全員同額出資扱いにできる数字として、無理やり設定されたものだった。
| 合計出資額 81000クレジット | ||
| 出資額 | 出資額-20250 | |
| アリス | 20000 | -250 |
| マルコ | 25000 | 4750 |
| クルス | 6000 | -14250 |
| ジャニアス | 30000 | 9750 |
所持金の少なかったクルスは、いきなり会社に14250クレジットの借金をすることになった。
これにより社内取り決めとして、会社資産を株として運用することも決まった(と言うかアリスが決めた。)
現在の各自の持ち株を250とし(株価81クレジット)、配当は 001日と184日の年2回。1株あたりその時点での資産から資本を引いた額×0.0001を受け取るということになった。
次に役職を決めることになった。
たった4人+ロボット1台の会社に役職も何も無さそうだったが、対外的に必要だというアリスの意見に誰も筋の通った反論をできるものもいなかったのだ。
一番出資額が多かったジャニアスが社長ということになった。
2番目のマルコは船長となり、アリスとクルスは単なる役員扱い。
ここでアリスが出資額を抑え、要職に名乗りをあげなかったのは、何かあった時に責任を被らなくてすむように、という計算からなのは明らかだが、勿論他の3人は気付いていなかった。
また船を動かし、営業する上での担当は、各自の能力から決められ、給料も能力に応じて支払われることになった。
船長のマルコはパイロット。
社長のジャニアスはエンジニアと船医。
アリスはコンピュータと、その他メンテナンス。
クルスはスチュワード&広報担当。
これでロボットに航法士を担当してもらえれば、船は動かせる筈である。
各自の役職と担当に応じて、給料も決定された。
|
給料
|
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| ジャニアス | 1200クレジット |
| マルコ | 1100クレジット |
| アリス | 1100クレジット |
| クルス | 1050クレジット |
少なめに設定されているのは、船での生活が長くなり、その生活費がほとんど掛からない(つまり経費になる)からである。
一通り話がまとまった頃には、すでに4時間近くがたっていた。
4人はそそくさと船倉に降り、ロボットに結果を聞きに行った。
ロボットが5つの候補の中から、3時間15分掛かって決定したのは、「サンチョ」という名前だった。
会社名は、悩んだ挙句、「ドンキホーテ商事」に決定し、船も「ドンキホーテ号」になった。
なぜかロボットの名前が影響しているようで、本末転倒のような気もしたが、それについては誰も文句は言わなかった。
ただしジャニアスだけはもっとかっこいい名前にしようとごねていたのだが、 手続きを進めるうちにそんな雰囲気ではなくなってしまったのだった。
ちなみに「ドンキホーテ商事」と最後まで競っていた名前は、「モンキー商事」だった・・・・・・・。
宇宙港で手続きを済ませ、一行は晴れてドンキホーテ商事としてスタート地点に立った。
会社として起ったからには、儲けを出さなければならない。
儲けを出すのに手っ取り早い方法は、会社の資産を使って投機品目を扱うことだった。
つまり出発地点で会社が商品を買い、目的地でそれを売るのだ。
この方法なら単に荷物を運ぶよりも、はるかに高い利率が見込める。もちろんそれ相応のリスクもあるが。会社が商品を買い取るのであるから、売れなかったら丸々赤字になってしまうのだ。
これについてはアリスが、その経験から来る自信で、みんなを押し切る形になった。 彼には確かにブローカーとしてのノウハウがあったし、その免許も2レベルまで有していたのだ。
ただしアリスも目的地によってはどうしても儲けが出ないような場合もあると説明した。
結局需要が無ければ商売は成り立たないのだ。
さっそく第1回航海の目的地選定会議が始まった。
色々なデータを照らし合わしている内に分かってきたのは、目的地は出発地点よりテクノロジーが遅れているところのほうが儲けが出やすい、ということだった。
やはり高テクノロジー製品は、メンテナンスの問題をふまえた上でも、重宝されるのだ。
結局決定した目的地は、
ここリジャイナから2パーセク離れたところにある、ダイナムン星系だった。
ダイナムンならテクノロジーレベルはリジャイナのA(10)に比べて3と低いし、農業が主な産業の世界なので、商品も絞り込みやすかったのだ。
その日は宇宙港に第1回航海の目的地を告げ、各種の手続きをしたら暮れていた。
4人はとりあえず船の専用室で横になった。
翌日は朝から忙しかった。
まず最初に仕事を斡旋してもらったF・マーキュリー博士の研究所に、レポートを渡しに行った。
クルスがこつこつと書き溜めていたレポートとビデオクリスタルを渡そうとしたが、これにはアリスの検閲が入った。確かに普通の神経で、人に見せられる内容ではない。
もっとも研究所の方は、どんな内容であっても他言はしないと保証していたが、もちろんそんな事を信用するアリスではなかった。
博士は例によって部屋の奥のデスクに座り、何を考えているのやら難しい顔をして始終黙っていた。
資料やレポートを受け取った博士の助手、 エルザ・ボビットは、パラパラと閲覧した後、笑顔のままで言った。
「少々簡潔すぎるきらいがありますが・・・」
どきりとする4人。要するに問題のありそうな部分を削っていったら簡潔なレポートになってしまったのだ。
「依頼主の方からも詳細な記録をいただいていますので、問題ないでしょう。」
そう言って、資料をファイリングしはじめた。
4人にすれば、依頼主が詳細な記録を渡すというのが信じられないところだったが、それを言ったら薮蛇である。
研究所を出てからは、各自リジャイナに置いてある荷物などを引き取り、かつ登録などの変更が必要なものは、それぞれが役所に出頭した。
後の数日はそれぞれ船内の整備や、操作のシミュレーションなどに明け暮れ、クルスは客寄せ用のビラを作って配ったりしていた。
各自の専用室の部屋割りも行われた。
ジャニアスは出資額の多さから、一番立派な部屋ということで、船首左側に突き出たビップルームに決定。
他の3人は普通にブリッジ後方の専用室に収まった。
ただマルコの部屋だけは、少々他と違っていたのだが、誰も彼の部屋をチェックしなかったので、そこが専用室にするには問題があるというのが分かるのは、ずいぶん先になるのだった・・・。
当のマルコは、 洗濯物を部屋に干し、インスタントヌードルをすすりながら、なんだか色々な機械のある部屋だなぁ・・・などと考えていた。
ドンキホーテ商事の冒険 第7回 終了