初営業
ドンキホーテ商事第1回の航海、出航日がやってきた。
クルスの宣伝の成果か、乗客は特等チケットが6人、2等チケットが4人乗り込んだ。
勢いスチュワードを引き受けたクルスだったが、いざとなるとほとんど対人恐怖症のような状態で、結局アリスがフォローに走り回っていた。
果たして約1週間の航海の間、乗客との間に問題が起きないかと気が気ではなかったが、もう後戻りはきかなかった。
他方では、サンチョは見事な接客能力を披露していた。これは嬉しい誤算と言えた。
投機品目も50000クレジット分も買い込み、余ったスペースには輸送貨物を6トン。これらはすでに積み込みも終わっていた。
第1回目の航海出発点にして、ドンキホーテ商事はその総資産81000クレジットの内、投機品目や食料その他、燃料、雑費などで、実に72500クレジットを使用していた。
この航海が失敗すれば、ドンキホーテ商事はいきなり消滅することになる。
張り詰めた緊張感の中、ブリッジクルーのマルコとアリス、そしてサンチョが機器のチェックを終えた。
一応なんの問題もないようである。
機関室にコール。
正面ホロスクリーンに小さなウィンドウが開き、不安そうなジャニアスの顔が映った。
「なんじゃ?」
「こちらブリッジ。全て問題ない。パワープラント点火作業に入ってくれ。」
アリスは自然な態度を装って しゃべっていたが、どこか声が踊っていた。
「うう・・・わしがするのか」
「あんたがエンジニアだろうが!?他に誰がいるというんだ!?」
「うう・・・・やってみるかのう。」

ジャニアスはパワープラント制御コンソールの前で、脂汗を流していた。
確かに彼は正規の訓練を受け、エンジニアリング1レベルの免許も持っている。
しかしそれはあくまで帝国海軍の正規艦においてのもので、このような民間船の、それも相当にくたびれた代物はこれまで触ったこともなかったのだ。出航日までに、何度かシミュレーションモードでは試してみた。だがそれにしたって、海軍の高度なシミュレーションと違い、安心感を得られるようなものではなかった。
だいたいこの船がシミュレーション通りに動くという保証はない。
しばらくコンソールを見つめていると、またブリッジからコールがあった。
「な・・・なんじゃ?」
「なんじゃ?じゃない!早いとこパワーを上げてくれ!客を乗せてるんだぞ!グズグズしてたら定時通りに出航できんじゃないか!」
アリスがまくしたてている。
「わ・・・分かった。ちょっと待っておれ。」
そう言って通信を切り、彼は再びコンソールに目をやった。
船の心臓部、核融合エンジンの情報がホロ・ディスプレイに表示されている。現在はパワープラントに火は入っておらず、船内は予備パワーで各種作業を行っている。早いとこメインエンジンを点火しないと不経済でもある。
「うう・・・」
ジャニアスはなんとも情けない顔で、点火予備動作を開始すべく、パネルを操作し始めた。
パワープラントを点火するためには、いくつかの行程を経なければならない。
まず点火モジュールを起動。モジュール内では中性子ガンが磁場フィールドの中へ撃ちこまれ、核分裂反応を引き出す。
磁場により熱に還元されたエネルギーは、パワープラント本体の温度を上げるのに用いられる。
ここまでが点火予備動作である。
その後は炉内温度が充分に高温になったところで、磁場内で核融合反応を起こし、それを維持、電磁誘導によって、電力に変えたり、そのままノーマルドライブの動力源に使用したりするわけである。
点火モジュール内で核分裂反応が確認された。
炉内温度が上昇をはじめる。
ジャニアスは温度表示に目を凝らしていた。汗が目に入って見づらい。
勿論この辺の行程は全てコンピュータ任せである。
ただしそのままにしておいて問題が起こってしまい、対応が遅れたとしたら、待っているのは放射能による汚染か、悪ければ核爆発である。
そうそうのんびり構えていられないのも当然であった。
炉内温度が上昇。
ジャニアスは始動操作を行った。
ドンキホーテ号の核融合エンジンは、重水素とヘリウム3を融合。
コンソールに核融合を示すゲージが表示された。
ジャニアスは反応が安定するのを確認し、プラズマフィールドを起動した。 核融合エネルギーは、電磁誘導作用により、電力へと変換され始めた。
みるみる電力が充填され、船内にエネルギーが満ちてゆく。
どうやらパワープラント点火には成功したようである。
ブリッジでパワープラントをモニターしていたアリスは、なんとかパワーが供給され始めたのを確認した。
機関室を呼び出す。
「なんじゃ?」やはり不安そうな顔のジャニアスが映し出された。
「なにを辛気臭い顔してるんだ?ちゃんと点火できたじゃないか。次もこの調子で頑張ってくれ。」
「次ってなんじゃ?」
アリスは思わずコンソールをぶっ叩いた。
「次って、ドライブの点火にきまっとろーが!宇宙船なんだぞ!発電機だけ回しても空は飛ばん!」
「うう・・・またわしがやるのか・・・?」
「エンジニアだろうが!?」
「うう・・・・・・」
ジャニアスの悲しそうな顔がスクリーンから消えた。
「まったく・・・よくあれで帝国海軍でやっていけたな。」
そう言うアリスも緊張していた。必要以上に怒りっぽくなっているのはそのせいである。
会話を聞いていた他のクルーもそれは同じで、マルコは平静なのは顔だけだったし、クルスに至っては顔も不安丸出しで、サンチョに客の前に出るのを止められたほどだった。
またまた機関室である。
ジャニアスは頭の中で手順を再確認していた。ともすれば緊張のせいで、今自分が何をしようとしているのか忘れそうだったのだ。
「うう・・・パワーは安定・・・ドライブを予備点火して・・・温度を上げて・・・」
指折り確認していたが、すぐに両手の指では足らなくなった。
靴を脱ごうかと考えているところに、再びブリッジからコール。
「何をやってるんだ?全然進んでないじゃないか。」
「うう・・・操作の確認中じゃ。」
「操作の確認ならシミュレーターでずーっとやってたじゃないか!お客を乗せてるんだぞ!今ごろそんなことやっててどうする!もう本番なんだ!さっさと始めてくれ!」
「うう・・・分かった。」
通信を切って、ジャニアスはもう一度コンソールに向き直った。
さっきまで頭の中で整理していた手順がリセットされている。 どうしてよいか分からず、とりあえず適当にスイッチを入れ始めた。
30分ほどして、アリスのモニターパネルに、ノーマルドライブに火が入り、パワーも安定していることを示す数値が表示され、同時に船内にかすかな振動が伝わってきた。
「まったく待たせやがって・・・」
彼は通信マイクを船内放送に切り替えた。
「あー、ただいまよりドンキホーテ号は発進します。乗客の皆様は念のためシートに座ってください。」
なんだかそっけない放送であるが、もちろん他のクルーもその問題点に気付く者はいなかった。
正確にはサンチョだけは気付いていたのだが、彼が口をさしはさめることではなかったのだ。
エンジンが点火され、艦内に発進する旨の放送もされた。
次はパイロットの出番である。
マルコは操作パネルを見回していた。
だいたい分かっている。いくつか分からないところもあるが、多分問題ないだろう。要するにエンジンのパワーを上げ、反重力スラスターを点火して、船体を加速し、浮き上がったらスラスターを全開にすれば飛んでゆく。それだけのことだ。
問題ない。
・・・などと自分に言い聞かせているマルコだったが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。
元々偵察局にいた頃にちょっとかじっただけで、まともに恒星間宇宙船の操縦なんて数えるほどしかやったことが無いのだ。無理も無い話であった。
隣でこっちを疑い深そうに見つめているアリスの視線も気になった。ここでアリスに弱みを握られると、やっかいそうである。
マルコは視線を上げて、メインウィンドウの景色を眺めてみた。
ドンキホーテ号のブリッジはドーム型で、視界のほとんどが窓である。
窓外には広く長い滑走路が前方彼方まで伸び、右手には管制塔が見える。左手には湾岸施設が望め、その向こうには水平線がきらめいていた。
なかなか気分がいい。
気分がよくなった瞬間を逃すまいと、パワースロットルを開放した。
滑走路を走り出したドンキホーテ号は、数秒後にはあっけなく離陸した。
宇宙港との航路確認の手続きも終わり、ドンキホーテ号は順調にリジャイナから遠ざかりつつあった。
衛星軌道はすでに通り越し、コースの再設定も終えた。 今は最初の中間目的であるリジャイナの直径の100倍点へ進んでいた。
船内リビングでは、最初の出航に疲れ果てた一行がサンチョにお茶を入れてもらい、一休みしていた。
100倍点までは中間地点での逆加速と再コース設定以外に操船に関する仕事は無い。
マルコは最初の仕事が一段落してホッとしており、ソファに身体を預けて飲むお茶は実にうまかった。
窓外には冷たい宇宙空間が広がっている。
マルコにとって宇宙船から眺める宇宙は、瞬きも動きも無く、宇宙の絵を描いて窓に貼り付けたようにしか思えなかった。
ボーっとしているマルコの隣では、アリスがサンチョと一緒にコンピュータのモニターを覗き込んでなにやら相談していた。
船が100倍点に達すると、ジャンプが可能になる。
ジャンプをすれば数パーセクの距離を約1週間で飛び越えることができるが、一度の移動距離が大きいだけに、コース設定をしっかりしておかないとその誤差もまた大きいのだ。
特に今回はドンキホーテ号の能力一杯の2パーセクのジャンプである。 場所を間違ったからといってジャンプをしなおす燃料は無い。
広い宇宙で偶然燃料補給ができる場所にジャンプアウトするなどという確率は、なきに等しいのだ。
アリスが慎重になるのも当然である。
クルスはお茶もそこそこで、お客の呼び出しに慌てて出て行った。
しかしすぐに戻ってきて、サンチョの肘をつついた。
予想される変数を入力した上での、ジャンプ航法計算の誤差を推測していたサンチョだったが、間接部のセンサーの反応に対し、即座に計算内容をセーブし、感情表現プログラムをアクティブにしつつ、振り返った。
「なんでしょう?」
クルスはもじもじしながら言った。
「・・・あの〜、お客・・・さまが・・・トイレはどこかと・・・聞いてるんですが。」
サンチョはクルス関連のシナプシスにアクセスした。
記録によればクルスも何度かトイレに入っているし、その清掃さえ行っている。結論としてクルスが乗客用トイレの場所を知らないと言うことはあり得ない。問題は他にある。更にシナプシスを深層までさかのぼる。クルスは対人恐怖症であり、見知らぬ人の前ではただでさえ口下手なのが、もっとひどくなり、場合によっては逃げ出してしまう。今回のケースもその可能性が高い。
では原因をそれだと仮定して、返答により問題の解決、または軽減を模索する。人間はシナプシスの接合が不規則で、場合によっては、特に感情的に高ぶっている時には正しいデータを参照できない。クルスの場合はそれが顕著である。ここは理解しやすく正解を示せば、あとは独力で問題解決する可能性が高い。
言語プログラムにより、分かりやすい文法を生成。
相関管理系シナプシスから警告。クルスの社会的立場を考慮せよ。ロボットは社会的に人間より低い立場である、または低くなければ相対的に対象となる人間の立場は低くなる。
クルスは出航までの数日間で、すでにスチュワードとしての能力を他のメンバーから疑われており、特にロボットである私が仕事を代行することでその傾向は高くなっている。このまま正解を示したのでは、問題の解決とともに別な問題を拡大することになる。
感情表現プログラムと言語プログラムの処理領域を拡大。最も問題の少なそうな返答を作成。
クルスがトイレを説明できなかった、いや説明しなかった理由が必要。トイレの使用不能が適切。使用不能理由恒久的または更なる問題に発展しそうな要素は排除。日常的かつトイレの使用を控えざるを得ない理由。清掃が適切。
相関シナプシスにより、クルスが直接私に質問した理由が必要と判断。
トイレの清掃を私が行ったという設定が適切。
言語プログラムから合成音声生成。
・・・・クルスのセリフから、ここまで約1.7秒。
「清掃は先ほど終わりましたので、乗客用トイレをご案内してくださっても大丈夫です。」
あらゆるデータを参照し、問題を解決しつつもクルスの立場を悪くしないであろうサンチョの完璧に近い返答だった。
が、クルスの返答はこうだった。
「ええ?ああああああ、ごごごごめん!トイレ清掃忘れてた!」
そうして走って出て行こうとする。
「あ、お待ちください。そうではなくて・・・」
サンチョの呼び止めるのも聞こえていないのか、クルスはなにやらわめきながら出て行ってしまった。
「だからこんな仕事嫌だったんだ〜〜〜〜!!!」
サンチョは呼び止める形で腕を上げたままの姿勢で止まっていた。
その彼に、アリスの声が背後から浴びせられた。
「サンチョ、馬鹿の相手してないで航法計算の続きをしてくれよ。」
ジャニアスはそうして右往左往する様を見ながら、ゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「この船は落ち着きがないのう。」
しかしそんな小さなつぶやきも、アリスは聞き逃さなかった。
「あんた落ち着いてるけど、次にどんな仕事が待ってるか分かってるんだろうな!」
ジャニアスはきょとんとしていた。
「・・・・・なにかあったかの?」
アリスの片眉がピクピクと痙攣のような動きを見せた。
「次こそエンジニアの最も重要かつ危険な仕事、ジャンプインじゃないか!パワープラント点火するだけで青くなってたんだから、今のうちに充分に練習しておいてくれよ!」
「じゃ・・・ジャンプインと言うと・・・ジャンプドライブを予備点火して、エネルギーを充填し・・・安定したところで・・・」
「手順はいいから!」
「それ・・・わしがするのか?」
アリスの口はパクパクと大きく動いていたが、声にならない様子だった。
100倍点に到達した。
ブリッジクルーは座標を入力し、シミュレーションを何度もやって、完璧と思える航路計算を仕上げた。
あとはジャンプドライブが正常に点火されれば、ドンキホーテ号は速やかにジャンプスペースに突入する筈である。
機関室のジャニアスは、やはり脂汗を流してなにやらつぶやいていた。
「最も重要・・・最も危険・・・・失敗したら木っ端微塵・・・・」
すでに予備点火は終え、エネルギーも充填されている。あとは点火するだけである。
しかし彼の指は、点火ボタンの上をさまようばかりで、一向に押そうとしない、いや押せないのだった。
ブリッジから通信が入った。アリスである。
「どうしたんだ?あとは点火するだけじゃないか。こっちでモニターしている限りは問題ないはずだ。さっさと点火してくれ。もう艦内アナウンスもやっちゃったんだから。」
「うう・・・・最も危険・・・」
「え?危険って・・・そりゃあ失敗したら危険だけど、これだけ確認したんだ。ちゃんとジャンプするって!」
「も・・・もう一度安全確認を・・・」
「もう何度もやったじゃないか!いい加減にしろ!目をつぶってポチッと押しゃあいいんだよ!」
「うう・・・目をつぶって・・・」
「そうそう!それから思い切ってポチッとな!」
「思い切ってポチッ・・・」
ジャニアスは言われるまま、目をつぶり、人差し指を伸ばしたまま腕を高く上げると、そのままボタンへ向けて振り下ろした。
勢いがよすぎた。
パネル一体型のボタンに、指は突き立ったが、それだけではすまず、パネルを割って指が突き刺さったのだ。
パネルがショートし、火花が散った。
その場に他に人がいたら、ジャニアスの骨格が確認できたはずである。
なにはともあれ、ドンキホーテ号はジャンプに入ったのであった。
ドンキホーテ商事の冒険 第8回 終了