ダイナムン
ジャンプスペースとは、宇宙船がジャンプ航法中に位置する場所である。
ジャンプに入った宇宙船は、通常の宇宙空間からジャンプスペースに入り、しばらくとどまることになる。
1週間もすると、船はジャンプスペース内に安定して存在できなくなり、通常空間に飛び出す。 するとあら不思議、船はジャンプに入る前と比べて何パーセクも離れた場所に現れるのだ。
実はジャンプの本質は、帝国の高度な科学力でも判明していない。
幾度もの実験と経験から、その使用を学んだだけで、まだまだ使いこなすには至っていないのだ。
したがってジャンプスペースが、はたしてどこであり、どんな場所なのかもはっきりしない。
ジャンプ中の船からは、ジャンプスペースは奥行きの無いぼんやりとしたオレンジ色の空間(と言うよりはそのような画像)としか認識できない。
見えているのだから光を反射するかと言えば、そんなこともなく、レーダーや各種EMSでもその果ては確認できない。
またジャンプスペースはいくつあるのかも分からない。
完全に同調してジャンプに入れば、2隻以上の宇宙船が同じジャンプスペースに入ることもあるという。しかしそれも確実ではない。
人類にとって未知の空間(空間であるかどうかもはっきりしないのだが)であり、唯一の光の速度を越えられる手段、それがジャンプスペースなのだ。
ドンキホーテ号はジャンプスペースに入ってはや7日がすぎていた。
運良くハイジャックが起きるでなく、大きな事故もなく(ジャニアスは少々火傷を負い、エンジン制御パネルは取り替える必要があったが。)、ここまで順調に進んでいると言えた。
乗客も満足とは行かないまでも、文句を言うほどでもないらしく、おとなしくしていた。
ブリッジではマルコがメインパイロット席、アリスはサブパイロット席につき、船内の磁場の変動をモニターしていた。ジャンプスペースは変化の無い空間だが、船内では僅かだがその変調が感知できる。
この磁場の変動が、ジャンプアウトのタイミングを知る唯一の手段なのだ。
磁場はこの1時間で大きく揺れ動き、航法プログラムに添付されている過去のデータからすれば、ジャンプアウトまであと1時間も無い筈だった。
ジャニアスは例によって一人で機関室に詰めていた。
ジャンプアウトの瞬間に何か事故が起こらないとも限らない。突然他の船が目の前に現れて、衝突回避のためにスラスターを全開にしなくてはならない事だってありえるのだ。
30分後、磁場変動値をモニターしていたマルコが口を開いた。
「磁場変動値0.03・・・多分・・・そろそろだ。」
アリスが応える。
「その・・・多分ってのは・・・どうにかならんか?」
「ならん!探知機は専門外だ。」
マルコの返事に、アリスは渋い顔をして機関室への通信回線を開いた。
「あー、機関室。そろそろジャンプアウトすると、パイロットが言っとるが?」
くぐもったジャニアスの声が応えた。
「うう?うー・・・・するかも。」
「えいっ!どいつもこいつも!」更にイライラするアリスだったが、応えたのはどこで通信を聞いていたのか、関係の無いクルスであった。
いきなり通信に割り込んでくる。
「えー!?僕は関係ないでしょ!?なんかしました!?」
アリスはため息混じりに応えた。
「いや・・・・・・・そうだなクルス。おまえはなんにもしてないな。」
「えーえー、どうせ僕は役立たずですよ。会社の出資額だって少ないし、一人だけ平社員だし・・・・」
なぜか愚痴モードに入ってしまった。
アリスはガリガリと頭を掻いた。
その時、この1週間変化のなかったジャンプスペースが閃光を発し、周囲がゆがんだように見えた。
どこかで愚痴を言っていたクルスにも見えたらしく、つぶやき声が聞こえてきた。
「ジャンプアウト・・・」
ドンキホーテ号はすみやかにジャンプスペースを脱し、通常の宇宙空間に姿を現した。
しかし問題はむしろこれからである。 アリスは一斉に探知機から送られてくる情報に血走った目を走らせた。
「座標確認・・・」
ホロディスプレイにはドンキホーテ号を中心としたセンサーの届く限りの惑星などの相対座標と、 近隣恒星系の立体星図が比較表示されている。近くに恒星があり、また大質量のガスジャイアントらしい惑星もある。どうやら燃料切れで遭難するのは免れたようだ。
「恒星がこれで・・・ガスジャイアント・・・・・・」
しかしそれ以上は、目的地であるダイナムン星系に似ていると言えば似ているような・・・不慣れなアリスにははっきり分からなかった。
背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、恒星のスペクトルを参照する。スペクトルさえデータと合致すれば、とにかくダイナムン星系なのは間違いない。
はたしてスペクトル表示はデータと合致した。
アリスは踊りだしそうになるのを我慢して、冷静な声で宣言した。
「スペクトルOK。うん。ダイナムン星系に間違い無さそうだ。」
隣ではマルコが、これまたこともなげな声で(しかし満面の笑みを浮かべ)応えた。
「じゃあ・・・前方96万キロの反応は、ダイナムンでいいんだな?向かうぞ。」
マルコの右隣にある多目的モニタにジャニアスの顔が映り、言った。
「ノーマルドライブは多分異常ない・・・。」
マルコはノーマルドライブのエネルギーを上昇させ、コースをダイナムンへとった。
「よし!1G加速、スタート。」 
メインスラスターが一気に白色に光り輝き、 ドンキホーテ号は惑星ダイナムンへ向かって進みだした。
即座にアリスの席のパネルに、座標と加速度、ダイナムンとの相対位置を総合したデータが表示される。
「減速座標も出た。このまま・・・3時間25分後には、着くかな。」
アリスがそう言っている間に、ブリッジ後部のスライドドアが開き、なぜかクルスがニコニコしながら入ってきた。さっきまで愚痴を言っていた人間と同一人物とは思えない明るさである。
「着いたんですか〜♪」
アリスはその一声で、最初のジャンプ成功のすがすがしい気分を壊され、眉間に皺を寄せて応えた。
「あと7時間くらいだ。宙港から連絡が入るはずだから、席に着いといてくれ。」
いきなりクルスの顔が青ざめる。
「え!?僕が!?」
「じゃーマルコに任す。」
「やるっす!通信士は僕の仕事だぁ!」クルスは決死の表情で、マルコの右後方の内壁に面した通信席へ走った。
クルスがドアの前から消えたと思ったら、再びスライドドアが開き、今度はジャニアスが顔を出した。今まで機関室で作業していた筈なのに、相変わらずのスーツ姿である。
「着いたようじゃのう。」
アリスがまたコンソールパネルをぶっ叩いた。
「えい!次から次へと!まだ着陸操作があるんだから、機関室にいたらどうだ!いちいちブリッジにやってくるんじゃない!」
「機関室は寂しい・・・」
「エンジニアは機関室にいるもんだろうが!」
「わしだけ仲間はずれはいやじゃ・・・」
ここでまたクルスが口をはさむ。
「この席は渡しませんよ。ここは通信士の席ですからね。」
「あー!うるさい!」
アリスがぶち切れたところで、再びドアが開き、今度はサンチョが入ってきた。
「お茶を、お持ちしました。」
その場の状態に嫌気がさしていたマルコがさっさと立ち上がる。
「やあ、それは丁度いいな。これからしばらくはオートパイロットでOKだし、ラウンジでもらおうか。」
アリスも肩の力を抜いた。
「そりゃあいいな。じゃあ息抜きとするか。」
ジャニアスは例によって、全て自分のために用意されているかのように応じる。
「気がきくのう。」
「それでは、ラウンジに運びます。」
サンチョが出てゆくのに連れ添うように、みんながにこやかに退出してゆく。通信席ではクルスが焦ってキョロキョロしていた。
「え!?え!?僕は!?」
立とうとしたところにマルコの声がかかる。
「宙港からの連絡、ちゃんと記録しといてくれよ。」
アリスも追い討ちをかける。
「任せたぞ。クルス通信士!」
クルスがどうしようもなく見守る中、みんなブリッジを出て行ってしまった。
「そんなぁ・・・」
ドンキホーテ号は惑星ダイナムンへ着々と進んだ。中間地点でのコース設定と減速操作も問題なく終了した。
ダイナムンは遠目に見ても緑豊かで美しい星だった。
ドンキホーテ号はその昼の面へと進んでいった。
宙港からの指示に従い、大気圏へ突入する。
ブリッジの広い窓は、ダイナムンの雲の層で真っ白だった。
アリスとマルコ、そしてクルスが席に着いて、着陸に備えている。
クルスは宙港の誘導係から、着陸に必要な誘導ビーコンの指示を受けていた。
モニタに映った目の細い誘導係の声が、スピーカーからブリッジ全体に聞こえている。
「コースサポートパルス、チャンネルを4238にセットしてください。着陸床へ誘導します。」
クルスは勢い込んで通信士を引き受けたものの、対人恐怖症なのは相変わらずで、初めての航海の山場ということも手伝い、例によっておたおたしていた。 誘導係のセリフも聞いてはいるのだが頭に入らないようである。
「え?パルスコース誘導のチャンネル・・・チャンネル?え・・と、何番でしょう?」
「4238です。」
「ああ、4328。」
誘導係は冷静だった。
「いえ、4238です。」
「ええ?・・・4・・・3・・・・・・???」クルスは舞い上がっている。
通して聞いていたアリスは、溜息をつきつつ手元のパネルを操作した。
誘導係が事務的に言った。
「コースセット確認。ようこそダイナムンへ。」
クルスは思わずモニタを見上げたが、すでに誘導係の映像は消えていた。
「え・・・・・・?」
呆然とするクルスをよそに、ブリッジ窓外ではパッと雲の層が開け、ダイナムンの肥沃な大地が展開された。
様々な畑が視界のほとんどを占め、地平線には険しい山々が望めた。宙港をはじめとする人工構造物群はいくつかの集落にまとまって点在している程度である。
アリスが思わずつぶやいた。
「こりゃまたえらいド田舎の星に来たもんだな。」
その横で、マルコがうっとりした表情で言った。
「俺の星に似てるなぁ。」
「・・・・」アリスは何も言えなくなった。


宙港の誘導に従い、ドンキホーテ号は畑の中に場違いな感じで存在するダイナムン地上宇宙港に着陸した。
あわただしく入国手続きを終え、みんなが一息ついている間も、アリスは運んできた投機品目を宙港の貿易センターのコンピュータに登録するのに余念が無かった。なにしろこれが売れなかったらドンキホーテ商社はいきなり破産するのである。のんびりしている場合ではなかった。
クルスはサンチョに輸送品目の積み出し作業を監督するように頼まれ、鼻息も荒く船外に出た。
これも簡単かつ契約主の人間にしか出来ない仕事と言うことで、サンチョが気を回したものだったが、クルスは受け取り側の係官に明細についての確認をしてくれと言われ、しどろもどろになっていた。
サンチョはとりあえず荷物が無事運び出されるように見ているしかなかった。
ついた時には恒星は真上にあったが、今や地平線に半分隠れつつあった。
ブリッジの計器チェックを終えたマルコと、2等船客を無事蘇生させたジャニアスが一休みしようとラウンジやってくると、アリスがコンピュータ端末に向かって目を血走らせていた。
画面は細かい文字が次々に表示されては流れてゆき、パッと見ではよく分からなかったが、どうやら投機品目の販売価格の交渉をしているらしかった。
アリスの指は忙しく動いてキーを叩いている。交渉は今が正念場のようである。
なんだかよく分からないのだが、これがうまくいかないと会社がやばいとは認識している二人は、とりあえず神経質そうに揺れるアリスの背中を眺めていた。ここはとにかくアリスに任せる以外どうしようもない。
いきなりアリスがにやりと笑ったと思うと、画面に向かって言い放った。
「よ〜し。売った!」
彼がキーを一つ打つと、画面はコンプリートの文字が表示され、なにやら数字が並んだ。
テーブルについて例によってお茶を飲んでいたジャニアスも眉を上げた。
舷窓に寄りかかって腕を組んでいたマルコが、声に不安が出ないよう努力しながら聞いた。
「どうした?」
「取引成功だ!」 アリスは今までになく自信のこもった風である。
おもわずマルコも身を乗り出した。
「いくらになったんだ!?」
アリスは不敵な笑みを浮かべて振り返った。
「驚くなよぉ。14万クレジットだ!」
それを聞いてマルコは身体をこわばらせた。
対してジャニアスはきょとんとしている。
「それっていくらじゃ?高いのか?」
少し傷ついた風のアリスは、更に声高く言い放った。
「高い!大儲けだ!」
ドンキホーテ一行は、宙港街のオープンカフェで、最初の航海と営業の祝賀会を行った。
夜ではあったが照明は明るく、オレンジ色の光が暖かい雰囲気を演出していた。
潅木と観葉植物には柔らかい光を放つ電飾が備えられ、規則的に美しく点滅していた。
目立たないように設置されたスピーカーからは、スローだが明るい曲調のピアノが流れ、高山にも似たダイナムンの薄めの大気に乗って、心地よく耳に届いていた。
ウェイターらしいヴァルグル人が、優美な動きでみんなに飲み物を運んできた。
とりあえず船長ということで、マルコが乾杯の音頭を取った。
「えー、ドンキホーテ号第1回の航海、ならびにドンキホーテ商事第1回の貿易業の成功を祝ってぇ・・・!」
「かんぱ〜い!!!」
みんな一斉にビールのジョッキを打ち合わせた。 ただしジャニアスだけは真っ赤なダイナムン産ワインの注がれたワイングラスだった。
なんのあても無かった4人の男たちが、今やボロではあるけど恒星間宇宙船を所有し、最初の航海を大成功の内に終わらせたのだ。浮かれない方がおかしいというものである。
4人は農耕惑星であるダイナムンの美酒と最高の料理を心ゆくまで味わい、語り合った。
「いやー、この調子で行けば、すぐにも軌道に乗るなぁ!」
珍しくマルコが浮かれた声を出している。
「まだまだ。これからだ。スチュワードもおらんし。」
そうやって諭しているアリスの顔もすっかり緩んでいた。
反応したのはクルスである。
「え?ぼ・・・僕スチュワード免許ありますってばぁ。」
マルコがクルスのセリフは聞こえてないのか、アリスに向かって応えた。
「あー、確かになぁ。今のままでは、安心して客を乗せられんなぁ。」
「ちょっと!ねえ!」
クルスは焦って自分の存在をアピールするが、隣のジャニアスも気にした風ではなかった。
「そうじゃのう・・・。」
クルスは半べそになってわめきだした。
「あー!いーですよいーですよ! 僕なんかどーせ!ラスタム刑務所の時だってぇ!」
このセリフには他の3人は喉を詰まらせそうになった。
それだけは言ってはならない。事件を知る者の耳に入ったら、4人とも会社どころの騒ぎではなくなるのだ。
アリスが慌てていさめに入る。
「あ〜!ば・・・待て!それは言ってはいかんとあれほどぉ〜!!!」
アリスのいきなりの剣幕に、クルスの方がきょとんとして応えた。
「なにをですか?」
ジャニアスがグラスを傾けつつ、小声でささやいた。
「ラスタム刑務所のことじゃ。」
「ああ、惑星ルーの。」 あっさり応えるクルス。
アリスはジョッキを震わせ、声も震えていた。
「だから言うなと!!!」
マルコが二人の間に割って入った。
「ま・・まあ!なにはともあれ、よかったよかった!」
しかしみんなブツブツ言いつづけ、収拾がつかない。そのうちマルコもいさめるセリフにやばい単語が混じり始めた。
そこに、突然聞き覚えのない声が掛かった。
「あの〜・・・」
年配の女性らしい声である。
4人は一瞬固まっていたが、おそるおそる声の方に振り返った。
そこには古風なワンピースに紺色のショールを羽織り、白髪をアップにまとめた上品そうな女性が立っていた。しかしなんとも辛気臭い表情である。
アリスが自分たちはやましいところがないと主張するかのように、怪訝そうに聞いた。
「なんです?あんた?」
流石に動じないジャニアスも言った。
「ご婦人、なんの用かのう?」
彼女はなぜか一行を恐れているかのように、おどおどと語った。
「宙港で聞いたのですが・・・こちらは自由貿易船ドンキホーテ号の、クルーの方達でしょうか?」
アリスは認めたとたんに警察が飛び出しているのではないかと口をつぐんだ。
しかしマルコがとぼけた声を出した。
「はぁ・・・。」
途端に女性の表情が引きつり、身を乗り出し、あたりをはばからない大声を出して迫ってきた。

「お願いでございます〜!!!」
ドンキホーテ商事の冒険 第9回 終了